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歓声が聞こえる<7>最後の夏 浦和学院 vs 菖蒲

「一球入魂 後悔しない」

 練習着姿の3人のバットから、次々と白球が放たれた。内外野に散った選手たちが追いかける。打撃練習ではない。手にしているのは、ノック用のバットだ。3人とも3年生だが、公式戦出場の夢は、もうかなわない。代わりに引き受けたのが「学生コーチ」。4年連続の夏の甲子園出場を狙う浦和学院(さいたま市)に誕生した、初の肩書だ。

◇裏方コーチを志願

 「最後の夏を選手として続けるかどうか決めろ」

 春季県大会を制した5月5日。3年生部員は、監督の森士(45)から、そう告げられた。3年生だけで34人。実力のある下級生もレギュラーを狙う。チームの層は厚い。

 川鍋寛樹(3年)は「一番強いチームで野球をしたい」と浦和学院に入った。三村賢司(同)、田中康平(同)は中学時代、地域の選抜チームの主力だった。だが、3人とも公式戦に出られなかった。

 「チームのため、裏方に回らせてください」。2日後の7日、3人は森に答えた。相談したわけではない。同じ選択をしたのは偶然だった。

 「後悔しないな」。念押しされてうなずくと、3人はそれぞれ、森と固く握手を交わした。「一緒に頑張ろう」と励まされた。

 選手の動きを見て修正点を指摘する。森から選手への指導内容を反復させる。ノックを打ち、ブルペン捕手や走者役をこなす。それが学生コーチの役割だ。監督、部長、コーチの3人だけでは、下級生にまで指導の目が行き届かない。そんな課題を解消しようという新しいシステムだ。

 ベンチ入りできなかった他の3年生は、打撃投手を務めるなど、レギュラーの補佐をしながら自らの技術向上も図る。学生コーチは完全に自分を犠牲にする。「相手の方がうまいのに」と、指示をためらうこともある。それでも、森は「腐らず一生懸命やってくれている」と信頼する。

 3人の目標は、ボールボーイとして、甲子園の舞台に立つことだ。主将の島津裕真(3年)は「あいつらのためにも甲子園に行く」と誓う。

 そのためには、初戦から勢いに乗りたいところだ。

 「学校最後の夏だということで、思い切りぶつかってくるはず。初戦は何が起こるか分からない」。島津がそう警戒するチームが相手だ。

◇統合前に全校応援

 芝生が刈られたグラウンドの脇で、バットやボール、ネットをせわしく運び出す選手たち。野球用の練習着ではなく、緑色のジャージー姿のままで練習を始めた。

 菖蒲(菖蒲町)の野球部は3年生が6人いるだけで、下級生はいない。来春、蓮田(蓮田市)と統合されて「蓮田松韻」となる予定で、今年が最後の夏だ。

 「最後に1勝して、高校の歴史に刻みたい」

 6月19日の抽選会で、主将の三上直樹は、そう念じてくじを引いた。番号は「2」。その瞬間、初戦の相手がAシードの浦和学院に決まった。

 「学校に帰るのが怖い」

 足取りも重く、会場から引き揚げた。学校では、仲間が待ち構えていた。

 「練習しようぜ」

 真っ先に返ってきたのは、予想外の前向きな言葉だった。

 目の色が変わった。翌日から、さっそく特訓を始めた。速球に対応するため、プレートの2メートル手前から球を投げさせ、打撃練習に励む。

 「まずはヒット1本」。三塁手の黒須雄貴は、大振りしないよう心がけている。エースの蓮田功治は「四死球などで無駄なランナーを出さずに耐える。そうすれば、浦学が相手でも、自分たちに流れが来る」と制球力を磨く。守備陣も、失策で自滅だけはしないようにと、連係プレーの練習に時間を割く。

 陸上競技部などから6人の助っ人が加わる。メンバーをそろえた練習試合は1回しかできなかったが、二塁手の小宮俊は望みを捨てない。「自分たちが最後の生徒だからこそ、勝ちたい」

 学校も後押しを決めた。12日の浦和学院戦を、全校で応援する。「『最後の一戦』ではなく、『最後の大会』のつもりで戦え」。練習を見に来たOBからも、励ましの声が上がる。

 山本安夫校長は、正直な気持ちを打ち明ける。

 「ラグビーのような得点差になるかもしれない。それでも、浦学と戦えるのは、菖蒲高校にとって、最高の花道です」 =敬称略

(朝日新聞埼玉版)

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