速球対応 ソフトで培う 山根佑太選手(2年)

 「狙いはストレート。初球から攻める」

 8回表2死満塁。右打席で構える山根佑太選手(2年)は、次につなげることしか考えていなかった。

 一球目。狙い通り内角直球だ。逆らわずにはじき返すと、打球は二塁手の頭上を越え、右前へ転がっていった。右腕でガッツポーズし、雄たけびを上げた。この一打が投手戦の均衡を打ち破り、勝利を大きく引き寄せる結果になった。

 三重の主戦三浦浩太郎投手(3年)はここまで1安打に抑えていた。しかし、後半は制球力が落ち、6~8回は7四死球。痛恨の一打は、死球の直後の悪い雰囲気を変えるため、あえて攻めようと投げた得意の直球だった。

 初戦の山根選手は打順8番。この日の朝、森監督から突然、5番への抜擢を告げられた。公式戦での主軸は初めて。「積極的なスイングでよく当たっていた。(球を)捕まえる確率が高かった」という森監督の采配が的中した。

 広島県出身。小学生の時はソフトボールチームに所属していた。マウンドから本塁までの距離が短く、体感速度が速いソフトボール。直球に対し、力負けしない力が自然に備わった。

 中学から硬式野球を始め、投手を務めた。打席ではソフトで培った速さへの対応力が光った。森監督は「リストが柔らかく、振り負けないところがある」と信頼を寄せる。

 甲子園で戦う仲間には、小学校時代からチームメートだった控え投手の伊藤祐貴選手(2年)もいる。家族と離れて互いに寮で暮らし、励まし合いながら厳しい練習に耐えてきた。

 入学当初、2人で誓ったことがある。「浦学に来たからには全国制覇しような」。夢をかなえるため、まだまだ一緒に甲子園で挑み続ける。

(朝日新聞埼玉版)

◇浦和学院、10年ぶり8強!ソフトボーイ・山根が決めた!!

 浦和学院(埼玉)が、10年ぶりのベスト8進出を決めた。0-0の8回、2死満塁から小学時代にソフトボールで全国制覇の経験を持つ5番・山根佑太左翼手(2年)が、右前に決勝の2点適時打を放った。

 歓声の大きさが誇らしかった。山根は一塁手前で2度、右拳を力強く突き上げた。「自分の一打で試合を決められて、うれしいです」

 浦和学院に甲子園通算20勝目をもたらした。8回2死満塁。山根はMAX147キロ右腕・三浦浩太郎の初球、内角高めへの直球に振り負けず、右前へとはじき返した。均衡を破る2点適時打。銀傘に2万人の大歓声がこだました。「監督から迷わず初球から狙えと言われたので。あの打席は、狙い球をスライダーから直球に切り替えた」

 小学1年から始めたのは、野球ではなくソフトボール。広島市内の「青崎ソフト」に所属し、6年時にはエースとして日本一に輝いた。「ソフトの方が、体感スピードは速い。直球だけなら自信があります」。早大ソフトボール部出身の日本ハム・大嶋匠捕手を思わせる真っすぐへの強さを見せつけた。

 広島県出身。中学から野球に転向し、3年時には硬式野球ヤングリーグの「ヤングひろしま」のエースとして、全国大会準V。広陵や如水館など地元の強豪校から誘いを受けた。しかし、森士監督(47)が埼玉から広島まで出向いて勧誘。「一緒に甲子園優勝を目指さないか」と口説かれた。当時、浦和学院からプロ野球・広島入りした大竹寛投手が活躍していたこともあり、親元を離れての同校入りを決意した。

 エース・佐藤拓也が外野手だった昨秋は控えだった。今春の練習試合での好調さが買われ、1回戦は8番起用で4打数2安打2打点と活躍。この日は公式戦では初の中軸への抜てきだった。「リストが立ってボールに振り負けないし、リストが柔らかい」と指揮官は素質を高く評価する。

 準々決勝は大阪桐蔭戦だ。150キロ右腕の藤浪が立ちはだかるが、「次もチャンスで一本打ちたい」。“ソフトボーイ”が全国の頂点へとけん引する。

(スポーツ報知)

◇初の5番・山根 ひと振りで応え

 「公式戦初の5番」という浦和学院・山根の決勝打。昨秋の関東大会での出場が1試合のみだった「伏兵」の一撃は、さまざまな歯車がうまくかみ合って生まれたものだった。

 0-0で迎えた八回2死満塁。打席の山根を見て、三重の捕手・小林は「ベース寄りに立っている。変化球を待っている」と読んだ。

 サインは直球。だが、これは右狙いを意識していた山根の狙い球だった。「序盤はスライダーを狙ったが、手も足も出なかった。だから得意の直球に絞った」

 ここまで無安打。開き直った。三浦の内角高めの直球をおっつけると、打球は二塁手の頭上を越えて芝生の上にポトリ。投手戦の均衡を破る決勝打になった。

 前の打者は死球で、初球をたたくのは確かにセオリーだ。しかし三浦は六回から毎回四球を出すなど後半に入って制球が乱れていた。「待ち」も選択肢にあったはず。実際、六、七回はそれで四球を選び好機を作っていた。

 この場面、森監督の指示は「迷わず振れ」だった。山根は開幕直前の二つの練習試合で2本塁打をマークし、敦賀気比との1回戦でも適時打。森監督はその点を買い、「スイングが崩れない。ボールをとらえる確率は高い」と、1回戦の8番から5番に昇格させていた。

 期待にひと振りで応え、チームを10年ぶりの春ベスト8に導いた殊勲の2年生は、「次も中軸ならチャンスで打っていきたい」。ラッキーボーイが現れるチームは強い。

(毎日新聞)

◇山根 均衡破る2点打 浦和学院8強入り

 6回まで無安打。浦和学院の森監督は「ノーヒットノーランをされるのではと不安だった」と焦りを感じながらも、相手投手攻略の策を選手に授けた。「速球を捨て、外角のスライダーを仕留めろ」

 七回、先頭の佐藤が二塁打。チーム初安打で吹っ切れたのか、球筋を見極められるようになった。変化球を狙う各打者が手元に球を引きつけたため、中盤までは手を出していた球を見送り始めた。

 「外角球が多かったので、ボール球に手を出さないようにして(狙いを)外に絞った」と4番の笹川。八回は3四死球で満塁とし、5番の山根が決勝打を放った。

 試合前日の打撃練習を見て、森監督は1回戦で8番だった山根を5番で起用することを決めた。「彼はリストが柔らかくて振り負けしないし、スイングが崩れていなかった」。初めて中軸を打つという山根が「5番は好機で回ってくる。期待してくれていると感じた」結果の殊勲打だった。

 昨秋の公式戦は3割6分台のチーム打率を残した。明石主将は「練習試合を含めても(チーム合計で)2安打というのは記憶にない。勝ったという実感がない」とこぼしたが、選手が結束して難敵を攻略した経験は今後に生きるはずだ。

(東京新聞)

◇浦和学院、8強 山根、満塁一撃

 昨秋の関東大会を制した浦和学院(埼玉)が2-0で三重を破って、ベスト8に一番乗りした。森士(おさむ)監督が広島からスカウトした山根佑太外野手(2年)が値千金の2点打。相手を下回るわずか2安打で10年ぶりの準々決勝に進んだ。

 大阪桐蔭は、藤浪晋太郎投手(3年)の本塁打などで5-3で九州学院(熊本)を破って5年ぶりの8強入り。関東一はエース中村祐太投手(2年)の完封で、準優勝した1987年以来25年ぶりとなるセンバツ勝利を挙げた。

 森監督の秘蔵っ子が決めた。8回2死満塁で、浦和学院の山根佑太外野手(2年)が値千金の決勝2点タイムリー。2死二塁から3、4番が連続四死球の後の初球、内角高めの直球を右前に打ち返した。「秋の大会で貢献できなかったので、すごくうれしい」。一塁ベース上で思わずガッツポーズも飛び出した。

 広島・大州中3年のときは、ヤングひろしまで3番エース。ヤングリーグ全国大会で準優勝し、少年硬式野球の頂点を争うジャイアンツカップに出場。東京ドームで、森監督の目にとまった。「一緒に優勝を目指さないかと誘ってもらった。浦和学院のことはよく知らなかったが、広島の大竹投手の出身校と聞いて、ああそうなんだと思った」。初めての埼玉での生活は、広島弁が分かってもらえず戸惑いもした。だが、着実に努力する男は、一緒に、ヤングひろしまから入部した伊藤とともに、すぐにチームに認められた。

 浦和学院では1年春から外野手として出場。守備力に難があり、秋は控えに甘んじることが多かったが、天性のリストの柔らかさと初球から振っていける打撃センスは森監督も高く評価。今大会は、初戦の敦賀気比戦に8番で2安打。この日は初の5番に起用された。三重の右腕・三浦のスライダーを打ちあぐね、7回にエース佐藤がようやく初安打の苦しい展開だったが、小学校のときにソフトボールで鍛えた動体視力で直球にめっぽう強い山根がワンチャンスを仕留めた。

 甲子園初戦連敗を5で止めると連勝。わずか2安打で、三重を振り切って、2002年以来10年ぶりとなるセンバツ準々決勝進出。「次も自分がクリーンアップを任されるなら、チャンスで打ちたい」と山根。ニューヒーローが誕生した関東王者が、準々決勝で大阪桐蔭の藤浪に立ち向かう。

(中日スポーツ)

◇2年・山根 5番昇格即結果!千金決勝打

 わずか2安打で勝った浦和学院は、2年生の山根が千金の決勝打を放った。

 8回2死満塁となった直後の初球を右前へ。スライダーを狙う予定が「森監督に“迷わずいけ”と言われて直球狙いに。死球の後で初球に(ストライクを取りに)来ると思った」。1回戦の8番から公式戦初の5番起用に応えた。出身は広島。入学時、森監督に「甲子園で優勝を目指そう」と言われた言葉を胸に「一打で試合を決められてうれしい」と笑顔だった。

(スポニチ)




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