セントポールをVへ導くセンバツ4強左腕コンビ

201602120900 昨春のセンバツを沸かせた2人の左腕が立大に進学。次は神宮のマウンドを目指す。大阪桐蔭高(大阪)で2年夏には控え投手として全国制覇に貢献し、3年春のセンバツではエースとして4強へ導いた田中誠也は1月31日、立大野球部合宿所「智徳寮」(埼玉県新座市)に入寮した。「東京六大学の高いレベルで、もまれて野球がしたい」と立大を志望。さらに「自分がどこまでできるか、ワクワクしている」と身を乗り出して言う。寮では高校の先輩であり、立大のエース右腕で今季から主将の澤田圭佑(3年・大阪桐蔭高)と同部屋になった。

 「いつも西谷(浩一)監督が澤田さんの練習姿勢について話してくださった。盗めるところは盗んで、吸収したい」と、目を輝かせる。

 浦和学院高(埼玉)のエースとして2年秋の明治神宮大会で準優勝、3年春のセンバツで4強入りした江口奨理は、2月1日に入寮。「中学時代から東京六大学で野球がしたいと思っていた」という江口は、高校の一つ上の代のエースで、現在は早大で先発の柱となった左腕・小島和哉(1年・浦和学院高)を目標に挙げる。

 「高校時代から小島さんのような勝てる投手になりたいと思ってやってきた。神宮で投げ合えれば光栄です」と、落ち着いた口調で話した。

 2人とも小柄で、最速は138キロだが、球のキレとスライダー、チェンジアップなど多彩な変化球で勝負するタイプ。田中はテンポよく投げ、三振が奪えるのが持ち味。江口は走者を出しながらも粘り強く投げる。実績も十分な2人の左腕の加入は、立大の投手力を底上げしそうだ。

 江口は高校1年の9月に突然、原因不明の視神経異常というアクシデントに見舞われた。物がかすんで見えるため、球を使った練習ができず、ランニングとトレーニングに専念する日々が続いた。徐々に回復し、翌年5月から投球練習を再開した。「元のように投げられる」という状態まで戻りかけていた2年夏、8月21日のこと。江口は練習の合間に、テレビで夏の甲子園3回戦・大阪桐蔭対八頭高(鳥取)の試合を観た。その試合で3安打完封勝利を挙げたのが、田中だった。江口は同じ2年生左腕が甲子園のマウンドで躍動する姿に「自分もこんなところで終わっている場合じゃない」と奮い立った。それが3年春のセンバツにつながったという。

 田中はこの話を聞くと、「ホンマに?」と体を後ろにのけぞらせ、「同じチームになるとは…。縁があるなあ。これからも続けていきたいな」と感慨深げに言った。「お互いに切磋琢磨して、2人で先発の柱になれたらいい」。田中と江口は、口をそろえる。1999年秋以来、リーグ優勝から遠ざかる立大。1回戦で先発するのは?

 そう訊くと、2人は同時に左手を力強く挙げ、顔を見合わせて笑った。

江口奨理(えぐち・しょうり)

1997年12月22日生まれ。埼玉県出身。172cm、70kg。左投左打。芦原小3年時から新曽北ドルフィンズで野球を始める。新曽中では軟式野球部に所属。Kボール埼玉県選抜として全国制覇し、Kボール日本代表として15Uアジア選手権に出場。浦和学院高では1年春からベンチ入り。エースとなった2年秋は関東大会優勝、明治神宮大会準優勝。3年春はセンバツ4強。3年夏は埼玉県大会準決勝で敗退。

田中誠也(たなか・せいや)

1997年10月27日生まれ。大阪府出身。171cm、65kg。左投左打。深野北小3年から四条北ドルフィンズで野球を始める。深野中では生駒ボーイズに所属。大阪桐蔭高では1年秋からベンチ入りし、2年夏の甲子園では全国制覇。2年秋からエースで、3年春はセンバツ4強。3年夏は府大会準々決勝敗退。

(週刊ベースボールオンライン)

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