浦和学院の事務部長兼企画部長、車谷(くるまたに)裕通(ひろゆき)さん(48)は、同校野球部発足の78年から3年間、初代主将を務めたOBだ。「弱小チームが全国に通用する野球部によく成長した。感無量です」と6年ぶりのセンバツ出場を喜ぶ。
発足当時の部員は約30人で、1年目はグラウンドの石拾いと草取りに追われた。高2で初出場した埼玉大会は1回戦でコールド負け。主将として仲間に「初歩 的なことからきちんとやろう」と言い続け、高3の夏に3回戦に進出できた。「お前のお陰で勝てた」と仲間に言われた一言が忘れられないという。
高校卒業後、企業の軟式野球部で一塁手として全国優勝を経験し、87年にコーチ兼事務員として母校に戻ってきた。同校の甲子園出場は、春夏合わせて17回目。車谷さんは「生徒にとっては一度の経験。『日本一の練習量』をこなすナインを支えたい」と後輩にエールを送った。
(毎日新聞埼玉版)