ジャガイモが土の中でどんなふうに実をつけているか? 大根やキュウリがどんな花を咲かせるのか? それを知って野菜を食べている高校球児は、どのくらいいるのだろう?
「物が簡単に手に入る今の時代。野菜がどんなふうに育っていくのか。農家の人がどんな苦労をして畑作業をしているのか。最近は想像力が足りない子どもが多い。野球の技術だけじゃない。大事なものを思い出させるために、始めました」。
浦和学院(埼玉)の森士監督(53)がグラウンド横の空き地に畑を作ったのは、4年前のことだ。同校は春10回、夏12回、全国制覇1回(2013年春)の甲子園出場を誇る高校野球の名門校。甲子園優勝を目指し、全国から有望な選手が集まる「野球強豪校」として有名だ。
選手たちは寮生活をしながら練習に励む一方で、「野菜作り」をしている。慣れない手つきで土を耕し、雑草をむしり、害虫を取り、水をまきながら、野球だけではない「大事なもの」を感じ、学び取っている。
10種類以上、ほぼ無農薬
「浦学農園」では、毎日食べきれないほどの野菜が実っている。季節に応じて、トマト、インゲン、タマネギ、ナス、キュウリ、白菜、ピーマン…と10種類以上、ほぼ無農薬栽培だ。水やりは、選手が交代で毎日行っている。
4年前、森監督から畑作りの依頼を受けた後援会事務局の宮沢勝さん(66)は、開拓当時を笑顔でふり返る。「最初に監督から話を聞いた時はビックリしたよ~。土を全部入れ替えて、自費で苗を買ってきてね。お金もかかるのによくやるなぁと。でも監督は本気だった。『今の子はスーパーのキレイな野菜しか知らない。作る大変さ、喜び、美味しさを伝えたいんだ』って言われてね、私もヨッシャ! って手助けしようと思ったわけよ」。
野菜作りのノウハウは、経験のある宮沢さんが選手たちに指導した。この日は当番の1年生部員と、女子マネジャーがキュウリとナスを収穫。取れたてのキュウリはかじると「バリッ」っと音がするほどハリがあり、水分が一気にあふれ出す。何もつけなくてもおいしい、濃厚な「素材の味」がした。
それを「ぬか漬け担当」の佐藤翔選手(2年)が上手に漬物に仕上げるという。佐藤選手の実家は宮城・登米市の米農家で「家で習ったことがこんなところで生きました」と笑った。他のキュウリも翌日、酢の物にアレンジされ、選手たちの栄養となった。
燈中直樹選手(3年)は「森先生(監督)から『植物は雑に水をまいたら枯れてしまう』と言われました。それからは、気持ちを込めて『おいしく育て~』って言いながら水をまくようにしました」と話した。宮沢さんによると、選手たちは自分たちで作った野菜を、より感謝しながら食べるようになったという。これこそ、まさに「食育」だ。
土いじりで分かる「大事なもの」
畑の作業は主に1年生と、ケガで練習参加できない選手が担当している。以前こんなことがあった。
ケガをしてAチームから外れ、気持ちが折れていた選手がいた。畑の作業に身が入らず、野球をやりたい気持ちばかりが先走っていた。宮沢さんはその選手と野菜を作りながら、毎日いろいろな話をした。地元の話、家族の話…。「ケガが治ったら、また走り込みからやり直そうな」。そんな約束も交わしたそうだ。
1年後、ケガが治り、その選手はレギュラーとして活躍。3年生となった今春の関東大会で優勝に貢献した。「畑で土をいじるとね、心もほぐれて、みんな素直になれるの」と宮沢さん。強さを作るものはグラウンドの中だけじゃない。きっとそのことに気づかせたかったのだろう。その選手は背番号をつけ、4年ぶりの夏の甲子園を目指し、仲間と一緒に戦う。
スイカ作りにも挑戦中
取材日(6月22日)は森監督の53歳の誕生日前日だった。練習後、保護者会から特製ケーキの贈呈があり、選手はバースデーソングの大合唱。夕食で、フルーツたっぷりの甘いケーキを選手全員でほお張った。
遊び心いっぱいのチームを見ながら、最後に宮沢さんが教えてくれたのは「今ね、畑でスイカを作っているの」。茨城の専門農家に作り方を習いに行き、30苗を買って来たそうだ。
スイカは手入れが難しいが、ワラを敷き、カラス避けのカゴを置いて、選手たちが協力し合って作っている。「夏、みんなでスイカ割りをしたいね~!」。宮本さんと選手たちの愛情がこもった「浦学農園」は、野菜と、強さと、ユーモアを作り出している。
1日2キロの米で「氣」を出す浦和学院、圧倒的食事量で夏制覇だ/後編
(日刊スポーツ「アスレシピ」より)