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カリスマの父を継いだ31歳の浦和学院監督 これからの組織作り

【写真】打撃練習に備え、投球練習をする浦和学院の森大監督=さいたま市緑区で2022年2月6日

 自ら打撃投手を務め、投げ込む速球は今でも最速138キロ。名刺には「心理カウンセラー」の文字。浦和学院を30年率いて強豪校に育て上げた森士(おさむ)前監督(57)から昨夏の甲子園後、バトンを受けた長男の森大監督(31)は、野球界で「やりたいこと」があった。猛練習で全国制覇も果たしたカリスマ型の父と一線を画す手法は、「これからの時代」の組織作りに通じるものがある。

冬の目標は「冬眠」

 2月上旬、浦和学院のグラウンド。夕方6時前には練習を終えて、選手たちが食事へと引き揚げた。記者が驚いていると「今までが練習しすぎだったんですけどね」。森大監督が笑った。

 物心つく前から父は監督で、何度も甲子園に応援に行った。高校進学では「お前は力がないから来るところではない」という父の反対を押し切って浦和学院に入学し、3年時の2008年夏には甲子園で先発マウンドに立った。

2008年夏の甲子園に出場した際の浦和学院・森士監督(左)と森大選手(現監督)

 「いつか指導者に」と思うようになったのは、腕などが思うように動かせなくなる「イップス」を経験した早大時代。レギュラーにもなれず悔しい思いをしたが、「人は失敗してなんぼ。そこから学ぶ力、生かす大事さを伝えたい」。社会人野球の三菱自動車倉敷オーシャンズで3年間プレーして副主将も務め、16年から浦和学院でコーチを務めながら、指導に生かすため筑波大、早大の両大学院でスポーツ医学や心理学を学んだ。

 「これまでは前監督のカリスマ性で統率が取れた組織だった。それはそれで良かったが、実績も経験もない自分にまねはできない。一人一人が変容していくこれからの時代は、新しいあり方を考えなくてはいけない」。新監督に就任すると、思い切った改革に着手した。

 昨秋の大会後、選手たちに向かって冬の目標は「冬眠」と宣言した。部員の9割は寮生活で、朝6時から練習して鍛えていたが、朝練習を廃止して睡眠時間を確保した。「とにかく寝かせたかった」というのは大学院時代、国立スポーツ科学センター(JISS)で睡眠を研究し、その重要性を学んでいたからだ。選手にアンケートを取り、朝練習がストレスになっていることも突きとめた。投打の主軸となる金田優太(3年)は「遅くまで練習して、また朝早くから練習というのがなくなったので、精神的に楽になった」。2カ月あまりでチームの平均身長は2センチも伸びた。

 練習の質も見直した。「野球は厳しく長く練習するのが文化だが、他のスポーツはもっとアスリートとして科学的に練習している。高校野球も、もっとそこに目を向けるべきだと思っていた」。練習のタイムテーブルはコマ数で内容を細かく区切り、限られた時間で集中してこなすように変えた。次の練習のために「余力」を残そうとする選手たちを見てきたからだ。

 「間延びさせない」というのは、コーチら指導陣に対しても同じだ。分業制にして残業をなくし、毎週の定休も設けた。「指導者がぎくしゃくしていたり、ストレスを抱えていたりすると生徒にも間違いなく悪影響が出る。何事もメリハリが大事」。柔軟な発想でマネジメント力を発揮している。

2013年のセンバツで初優勝し、マウンドに集まって喜ぶ浦和学院ナイン=阪神甲子園球場で4月3日

転ばぬ先のつえは出すな

 そんな若手指導者の取り組みを、父はどう見ているのか。副校長を務める森士前監督を訪ねると「何事もいい面、悪い面があり、何が正解かは難しい。ただ、自分はそこまでガラッと変えることはできなかったでしょう」と笑い、続けた。「僕自身も時代の変化に伴って、こういうふうに変えていきたいと思っていたことを彼は今、やれている」

 それは「ティーチング」から「コーチング」への転換、つまり指示や教えることではなく、気づきを与えて導くことだ。監督退任後も昨秋の関東大会までは、グラウンドの外側で日課のランニングをしながら息子の指導の様子を見守っていた。しかし、その後は「任せた」と近づくこともやめた。

 ただ、理想の指導と勝負ごとは別物だ。「勝負勘は自分で経験を積み、感性を磨いていくしかない。誰にも教えることはできない。今の練習方法が正しいかどうか、本当の答えはまだまだ分からない」。春優勝1回、甲子園通算28勝の大先輩は、センバツ出場が決まっても特にアドバイスなどはしていないという。「今言えるのは、転ばぬ先のつえを出さないこと。誰でも失敗はある。思い描いたことを思い切りやってほしい」

センバツの舞台に立つ浦和学院の森大監督(左)と、昨夏の甲子園を最後に退いた森士前監督=さいたま市の浦和学院高で2022年3月2日

 3月上旬。学校を訪れて親子2人で並んだ写真を撮らせてもらった。自然な笑顔だった。

 「もう今は監督と選手、前監督と現監督という関係ではなく、普通の親子として接している。変なプレッシャーからは解き放たれたかな」と森大監督。チームを率いて臨む大舞台に向けて、「みんなが気持ち良く、持ち味を発揮する組織が理想。結果を出していくことで、自分のやり方が正しいと証明したい」。新たな歴史への挑戦は、始まったばかりだ。

浦和学院

 1978年創立の私立共学校で、野球部も同年創部。甲子園出場は今回で春夏通算25回目。センバツは2013年の優勝、夏は86年の4強が最高成績。OBに大竹寛(巨人コーチ)、東京オリンピック・ハンドボール男子日本代表主将の土井レミイ杏利らがいる。

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