投手を懸命にリードする長男をスタンドから見つめた。メガホンを握りしめ、「落ち着いて、お父さんがついているよ」と祈った。
林崎選手が甲子園を目指したのは、昨年1月に交通事故で亡くなった夫の和重さん(当時37歳)の一言がきっかけだった。
野球少年だった和重さんは高校時代、家庭の事情で野球を断念。林崎選手が中学生の時、「甲子園っていいところだな。行ってみたいな」と甲子園の試合をテレビで見ていて漏らした。
甲子園を目指すならと進んだのが浦和学院。入学が決まると和重さんは喜んでいたという。
和重さんが亡くなり、虚脱感から涙が止まらず、熱が出るなど体調を崩す林崎選手の様子を見て、「野球をやめてしまうかも」と思った時期があった。そんな時、森監督が「家に迎えに行くから」「顔を見せに来い」とあきらめずに声を掛け続けてくれた。
「お父さんだけでなく、チームへの感謝も忘れずに」。赤いポンチョを身に着けエールを送り続けた。
試合は逆転負け。次男の誠也君(15)に持たせた和重さんの遺影に語りかけた。「龍也がまた連れてきてくれるからね」
(読売新聞埼玉版)