浦学、復興手助け「思い」一つに 宮城・石巻に勇気、全力プレー誓う

 第84回センバツ第9日の30日、第1試合に登場した浦和学院(埼玉)ナインは昨年12月と今年1月、東日本大震災の被災地・宮城県石巻市でボランティア活動に取り組んだ。津波の爪痕の衝撃、懸命の復旧活動、そんな中、元気に野球を続ける少年たち。「被災地の人たちが勇気の出るプレーを」。ナインは誓い合い、4強入りをかけて大阪桐蔭(大阪)との試合に臨んだ。

 学校の課外活動として、夜行バスで入った石巻市。震災から9カ月以上がたつが、公民館の屋上には大型バスが乗り上げたまま。屋上まで津波が来た小学校の校舎は、がれきが散乱していた。明石飛真(ひゅうま)主将(3年)は「テレビで見ていたのとは全然違い、言葉が出なかった。埼玉で野球をやっていていいのかと感じた」と振り返る。

 現地では計9日間、住宅跡地でごみを集め、カキ養殖用の資材拾いに汗を流した。被災者は必死に復旧に取り組んでいた。

 道具や練習場に困り、支援を続けていた地元の少年野球チーム「鹿妻(かづま)・子鹿クラブスポーツ少年団」とは合同練習に励んだ。ランニングや体操などの方法を紹介し、子どもたちは「甲子園に出場する強豪校の選手と一緒に練習できるなんて」と目を輝かせた。林崎龍也捕手(3年)は「街はまだ復興途上なのに、子どもたちが楽しそうに野球をやっている姿に驚いた」。ナインは「野球ができることは当たり前じゃない。感謝したい」と思いを一つにした。森士(おさむ)監督(47)は「被災地に行ったことで、選手たちの目つきが変わった」と語る。

 この日、アルプス席には鹿妻・子鹿クラブの小学生も駆けつけ、「立ち直るためいっぱい応援してもらった。恩返ししたい」とエールを送った。「一試合でも多くプレーして、被災地を励ますことができれば」。ナイン全員の決意だ。

(毎日新聞東京夕刊)



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今日浦学で4限現文の授業してたら私廊下側の1番前の席なんだけどいきなりドアが動いてなんだろうって思ったら5歳ぐらいのおかっぱの赤い服着ててのっぺらな女の子が教室をじっと見てるの。そして入ってきたら先生の方見ててまた歩いたと思ったら消えたんだ。そしてそれをなんで模写してたんだ私。下手

ゆけ〜浦学〜! 勝利を手にしろ!
ゆけ〜浦学〜! 勝利をつかめ〜〜!
つづけ〜(たくやぁ〜)!
お前がヒーローだ〜〜〜!
ゆけ〜浦学〜! 勝負を決めろ〜〜!

浦学の頼れる主砲
山根〜佑太!
燃え上がれ 打て佑太!
お前のバットで決めてやれ
打て〜 打て〜!
山根!(佑太!) 山根!(佑太!)
押せ〜 押せ〜!
山根!(佑太!) 山根!(佑太!)

もういっちょ大学野球選手権より。#明大 の西野捕手(浦和学院)は2015年の高校生捕手の中でも屈指の強肩だった。郡司(仙台育英→慶大)、堀内(静岡→楽天)、伊藤’(中京大中京→法大)と打力も高い3選手が結果的に選ばれたが、もし夏も浦学が甲子園に出ていたなら、選考はもっと揉めていたはず。

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