夏の甲子園中止 閉ざされた夢の扉 県高野連、代替開催案を模索へ

 日本高野連は20日、新型コロナウイルスの影響が各地に広がる中、オンラインで第102回全国高校野球選手権大会の運営委員会と理事会を開き、兵庫県西宮市の甲子園球場で8月10日から予定されていた夏の甲子園大会と出場権を懸けた地方大会の中止を決め、発表した。夏の大会の中止は3度目で戦後初、選抜大会と春夏連続での中止は戦争での中断を除き史上初めて。

閉ざされた夢の扉、「落胆する顔つらい」県内指導者

 第102回全国高校野球選手権大会の中止が20日、決まった。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今春の選抜大会に続いて球児たちの夢舞台が失われた。埼玉県内の指導者たちは「やりきれない思い」「切り替えには時間がかかる」と過酷な現実を受け止めた。

 春日部共栄の本多利治監督は準優勝した第75回大会(1993年)を含め、夏の甲子園に5度出場。「開催しても宿泊、交通、応援、たくさんの人に迷惑が掛かる。早々と高体連が全国大会の中止を決め、野球だけやってくれとは言えない」と主催者の判断を尊重した上で、「夏に向けて最善を尽くしたが、子どもたちに会って落胆している顔を見るのがつらい」と生徒の胸中を思いやる。

 浦和学院の森士監督は春夏合わせて21大会、チームを甲子園に導いてきた。「危惧していたことが現実となった。目標を閉ざされた生徒のことを思うと、次のステージを見据えてサポートしていかなければ」と率直な思いを語り、「皆さんの理解と協力が不可欠だが、埼玉のチャンピオンを決める大会が実現できるように、手を挙げてでも尽力したい」と代替開催の実現を願った。

 母校を率いる上尾の高野和樹監督は、自身も高校2年時に控え捕手としてメンバー入りし、甲子園の土を踏んだ。「楽しく、苦しく、高校野球の全てが詰まった期間を奪われてしまった。可能性を信じ、存在理由を懸けた、それぞれのドラマがあったはず。後ろ向きな考えや投げやりな考えにはなってほしくない」と力を込める。

 昨秋の関東大会8強で今春の選抜大会出場候補に挙がった西武台は、この夏に懸ける思いも例年以上のものがあった。河野創太監督は「甲子園と口に出してきた3年生の熱量を考えると、今の段階ではどんな声を掛けていいのか分からない。代替開催が決まるまでは期待を持たせることもできない」と失意の念を隠さなかった。

 昨夏の埼玉大会で4強入りした大宮東の河西竜太監督は同校で90年に甲子園出場を果たした自身の経験と重ね合わせ、「心が震えるくらい悔しい」と言葉を絞り出す。生徒たちへ「この経験も、努力も、生徒たちの人生に生かされると思うし、生かすべき。そう伝えたい」と熱い思いを口にした。

 昨秋の県大会で33年ぶり4強進出を果たした川口市立の鈴木久幹監督は「野球ができない環境が続き、大学へ行って野球をやりたいという生徒が増えている」と進路選択にも影響を及ぼしている現状を踏まえ、「この状況では命が大事なので仕方ない」と残念さをにじませた。

代替開催案を模索へ 県高野連

 夏の甲子園中止に県高野連の坂上節会長(春日部高校長)は「夏の全国大会を目標に練習を培ってきた3年生の心中を察するに余りある。今回の(日本高野連の)重い決断を今後、どのように先につなげていくか考えていきたい」と語った。

 県高野連の神谷進専務理事(上尾高教)は中止の判断について「健康と命は何にも代えることができない。これは仕方がない」と理解を示した。

 地方大会も中止が決まったが、神谷専務理事は「これまでの名称は使えないが、(県)独自での代替開催を考えている。これから話し合っていきたい」と明かした。27日の県高野連運営委員会で議論する。

野球できる舞台を

 春の選抜大会に続いて夏に甲子園も中止になった。夏の風物詩を楽しみにしていた野球少年やファンは衝撃を受けているだろう。だが、この悲報に一番胸を痛めているのは高校球児に違いない。

 昨夏、新人記者として埼玉大会を取材し印象に残っていることがある。

 初めて決勝まで勝ち進み、甲子園まであと一歩に迫った山村学園。試合は2-11で敗れたものの当時3年生だった選手は試合後、「みんなと野球ができてよかった。一生の財産になりました」とやり切った、爽やかな顔で語ってくれた。

 球児の大半は幼い頃から野球に親しみ、甲子園に憧れて高校野球の道に進み、鍛錬してきた。そして、プロや大学や社会人で続けられる選手もいるが、高校を最後と決めて引退する選手も多い。特に3年生は高校生活最後の夏に懸けていた思いは計り知れないものだ。

 新型コロナウイルスによって目標を奪われ、野球人生の集大成を迎えられず、区切りをつけられるだろうか。埼玉大会の中止も併せて発表されたが、選手たちのために、規模を縮小してでも、何とか県独自の代替大会は開催できないだろうか。県高野連は来週、検討するようだ。

 独自の大会を行うにしても日程の調整や球場の確保、選手のコンディション、感染予防策など山積する課題をクリアしなければいけない。それでも、苦しい練習に耐えてきた球児たちが、同じユニホームを着た仲間と野球ができる喜びをもう一度、試合という形で味わえることを願っている。

戦後初の3度目 選抜は今春が初

 全国高校野球選手権大会の中止は史上3度目で、戦後では初めてとなった。1915年に全国中等学校優勝野球大会として始まり、18年の第4回大会が代表決定後に米騒動で中止になった。2度目は41年、戦局悪化で第27回大会が地方大会の半ばで中止になった。45年の終戦まで中断され、46年に第28回大会が西宮球場で復活した。

 選抜高校野球大会は今春、第92回大会が中止になった。24年に全国選抜中等学校野球大会の名称でスタート以降、予定されていた大会の中止は初めてだった。太平洋戦争の影響で42年から5年間中断されたことがある。

中止理由の要旨

全国大会

◇開催期間が2週間以上に及ぶ。
◇代表校が全都道府県から長時間かけて移動し、集団で宿泊して地元に戻ることなどから感染と拡散のリスクを避けられない。

地方大会

◇全国の約3800校が参加し、約250球場で開催が予定されることで感染リスクを完全になくすことができない。
◇休校や部活動停止が長期に及び、練習不足による選手のけがなどの増加が予想される。
◇夏休み短縮や、登校日や授業日を増やす動きがある中、学業の支障になりかねない。
◇運営を担う役員や審判員を十分に確保できないことが予想される。
◇医療スタッフの球場への常駐を例年通りお願いできないことが予想される。
◇公的施設の使用制限で使用球場が限られる可能性がある。

大会数はカウント

 全国高校野球選手権大会を主催する日本高野連と朝日新聞社は20日、中止が決まった第102回大会を通算の大会回数に数えると発表した。既に運営委員会などを開催し、大会期日も確定していたことなどが理由。来夏の同選手権大会は「第103回大会」になる。

 主催者は連続出場などの取り扱いについて「これから102回大会に絡むことについては、注釈を入れることになる。しっかりとこちらで対応を考える」と述べるにとどめた。

(埼玉新聞)



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