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培ったたくましさ見せた 浦学の熱戦振り返る 埼玉球児、兵庫・伊丹とのつながり

【写真】伊丹シティホテルの林さん。ホテルは三重代表校の定宿でもある=2021年8月14日、兵庫県伊丹市中央6丁目

浦和学院の熱戦振り返る 培ったたくましさ見せた 森監督の活で変化

 初の夏の全国制覇を目指した浦和学院は優勝候補の一角にも挙げられていたが、初戦で日大山形(山形)に3-4で惜敗した。試合予定は49チームの中で最後。さらに雨天による度重なる順延に見舞われたが、選手たちは前向きにとらえていた。

 先月28日に埼玉大会優勝を決めて以降、6日甲子園入りするまで連日、炎天下での厳しい練習をこなした。「まとまった練習ができる最後の期間。体力的に追い込んで埼玉を離れた」と森士監督。だからこそ、順延を「疲れをとり心身ともにリラックスする時間が持てる」(吉田瑞樹主将)と受け止め、室内での体力トレーニングや打撃練習を丁寧にこなした。

 だが、甲子園ですでに1勝の日大山形と比べて、順延の影響がなかったとは言い切れなかった。埼玉大会で5試合に登板し無失点だった先発吉田匠吾選手(3年)は立ち上がりに2失点。森監督は守備全般について、「実戦感覚みたいなものから離れていたところがあった」と明かした。

 チームの転機は、3回戦で川越東に3-4で敗れた昨年の秋季大会。藤井一輝選手(3年)は「チームの雰囲気からして全然ダメだった」と振り返る。終盤に逆転される展開に森監督から活を入れられた。徐々に変化が生まれ、「一球を大事にプレーできるようになった」という。

 規律正しさが特徴だと言われる浦学野球。厳しい練習で「なにくそ」と力を蓄えた選手たちは、終わってみれば春の県大会を制し、夏も埼玉の頂点に立った。

 グラウンドを離れると軽口をたたきあう普通の高校生だったが、培った落ち着きやたくましさを、最後の試合でも見せてくれた。県内最多出場を誇る伝統の力なのだろうか。退任する森監督は「この結果をこれからの人生につなげていってほしい。最後に甲子園に連れてきてくれて感謝しかない」と、教え子たちを笑顔でたたえた。

「三笠屋」店主の青枝さん。店には2015年選抜大会時の浦学選手らの色紙や花咲徳栄の優勝フラッグが飾られている=2021年8月14日

埼玉の球児、兵庫・伊丹とのつながり 30年余定宿

 甲子園の埼玉代表校の定宿は、兵庫県伊丹市にある。大阪駅まで電車で20分ほどのベッドタウンだが、江戸時代には酒造りで栄え、中心部は当時の風情が今なお残る。

 浦和学院の森監督には忘れられない光景がある。2013年、第85回選抜大会で優勝したときのこと。バスでホテルに帰ってきた選手たちを、あふれんばかりに並んだ地元の人々が旗を振って出迎えてくれた。「あれはうれしかった。伊丹の人からこんなに応援してもらえていたなんて」

 定宿の伊丹シティホテルは1987年開業。翌年から埼玉の代表校を受け入れている。当時から担当する同ホテル営業部の林宏明さん(58)は「もちろんどの学校も応援しているが、浦学を応援する方はひときわ多い」と話す。

 理由は「朝のごみ拾い」にあるという。「毎朝散歩がてらごみ拾いをする姿を市民も見ていて、ホテルにもよくお褒めの声が届きます」。今年は新型コロナの影響で選手らは出歩かないようにしていたが、「伊丹は住民の郷土愛も強い。浦学の選手たちの行動もうれしいのでしょう」。

銭湯「力湯」に飾られた浦学の選抜優勝フラッグ。番台の女性によると、優勝した日は忙しかったのか来てもらえず、その年の夏に甲子園に出た際に監督が持ってきたのだという=2021年8月14日

 ホテルから徒歩5分、選手らがよく通ったという銭湯「力湯」を訪ねた。番台の女性(58)は「何年前から来てくれてるかって?思い出せないくらい前から」と笑った。「礼儀正しくて、浴場でも騒いだりせえへんってお客さんからも評判」。入り口には選抜で優勝したときの旗と皿が飾ってある。

 徒歩1分のたこ焼き屋「三笠屋」は、歴代の埼玉代表校を見守ってきた。店主の青枝安夫さん(72)は「一番古い記憶は浦和市立」だという。88年夏のことだ。「毎日来てくれるなと思ってたら、ベスト4までいった」

 近年は「1人20個注文してくれる」という花咲徳栄が常連だ。「いつも埼玉大会からチェックして、どこが来るか楽しみにしている。最近は昌平が強いんやろ?」。伊丹の人々と埼玉球児のつながりは、思いのほか強かった。

(朝日新聞埼玉版)

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