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浦和学院・森士物語(4)親心知って円熟味 全国で勝てない壁破る

 森に転機が訪れた。2006年から長男大(現監督)、09年からは次男光司(鷺宮製作所コーチ)を6年間指導したことだ。森は息子たちに「同じレベルならば他の選手を使うし、チームの代表として叱ることもある。つぶしてしまうかもしれないから、来ない方がいい」と浦和学院への進学を諦めるように説得した。それでも覚悟して入学した2人。森は厳しく接した。

長男大(右)と親子鷹で戦った森士=2008年7月27日、県営大宮

生徒は息子

 だが、「親として勝つ喜びを教えることができ、成長を見届けられて楽しかった」と明かす森。08年夏に大、11年春には光司と一緒に甲子園の土を踏み、これまでにない幸せを味わったという。

 新たな気付きも生まれた。「生徒はわが子とは違うと一線を引いていたが、自分を慕って入った生徒たちは実の息子と一緒だ」と思うようになった。森は日頃、教育の原点を「子育て、しつけ、親心」と話す。その哲学は、親子鷹(だか)の経験を通して、選手たちに父親目線でより密接に関わるようになったことから形づくられたものだ。

ボランティア

 11年から10年間続けた東日本大震災のボランティア活動も、価値観を変えた。震災で開催が危ぶまれた11年の選抜大会に出場できた感謝を込め、部員たちを連れて12月下旬に3泊4日の活動を初めて実施。宮城県内で炊き出しなどをする中で、両親を亡くした女の子に話を聞いたりした。

 石巻市立北上中を訪問した時には、こんなことがあった。全校生徒の前であいさつした森は、自身の座右の銘と同じ「Never give up」と書かれた額が飾られているのを発見。「彼ら彼女らは、命を懸けて生活している。おれたちが(試合で)びびってどうする」と心打たれた。

 以来、試合で指揮を執るときの姿勢が変わった。今まではベンチの奥で戦況を見守っていたが、グラウンドに一番近い位置へ立ち、「おれを見ろ。びびるな。思い切りやろう」と選手に笑顔を送るようになった。

名将に学ぶ

 県内で輝かしい成績を収める反面、全国の舞台では結果を残せなかった。チームは05年春から11年春までの甲子園で、出場した5大会連続で初戦敗退。そんな頃、高校日本代表のスタッフに選ばれ、勝つ術を知る。

 11年、第9回AAAアジア選手権大会の日本代表コーチとなった。09年の第8回大会は監督を任され、3位になっている。だが、コーチとして仕えた総監督は星稜(石川)監督の山下智茂、監督は横浜(神奈川)を率いる渡辺元智(いずれも当時)。ともに、高校野球界を代表する名将だ。

 わずか2週間で代表チームをまとめて優勝。マネジメント力に感銘を受けた。森は「チームリーダーの意識の高さ、選手がついていきたいと思う姿勢はどういうものかを知った」とチームに還元。すると12年の選抜大会で8強入りし、全国高校野球選手権大会では夏初めての2勝を挙げた。

 「ボランティア活動、親子鷹、日本代表の経験があったから、選抜で優勝できた」と言う森。人生の年輪を重ねて円熟味を増した13年春、ついに栄光の時を迎える。=敬称略

(埼玉新聞)

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