【写真】九回、マウンドを譲る浦和学院の小島(中央)=2013年8月10日
暑い季節に増える熱中症は、命にも関わります。なぜ発症してしまったのか。どうしたら防げるのか。スポーツの現場から考えます。
―あの夏を振り返ると 足つった甲子園、理解の一歩目 元浦和学院高エース ロッテ・小島和哉
プロ野球・ロッテの小島和哉(27)には、忘れられない夏がある。浦和学院高(埼玉)の2年生エースとして春夏連覇をめざした2013年の第95回全国高校野球選手権記念大会1回戦。無念の途中降板を「熱中症だった」と振り返る。その教訓を生かして、プロのマウンドに上がる。
仙台育英(宮城)との第4試合は、日が傾きかけた午後4時35分に始まった。マウンド上は「めちゃめちゃ蒸し暑かった」。
一回、押し出しなどで6点を献上した。選抜王者としての重圧や大観衆に囲まれる緊張感、暑さが絡み合い、変調につながった。
試合中盤、熱中症の症状が表れ始めた。直球を投げるたびに、軸足である左の太ももとふくらはぎにつったような感覚が走った。「1球ごとに、足のつりがなくなるまで歩きながら伸ばしていた」。体力自慢の17歳にとって、熱中症は初めての経験だった。
左足は九回に限界を迎えた。水を飲み、屈伸運動をしたが、2死後に安打を打たれたところでベンチは継投を決断した。後を受けた投手が適時打を浴び、10―11でサヨナラ負け。史上8校目の春夏連覇の夢はついえた。
高校野球を引退した後、チームメートから教えられて初めて知ったことがある。仙台育英戦の終盤、飲み物を飲み干した。当時はただの水だと思っていたが、実際には濃い塩水だったという。「それをしょっぱいと感じなかったことに、びっくりしました」
ロッテ先発陣の柱に成長した現在も、蒸し暑い日のマウンドでは左足がつることがある。実践している対策の一つ目が、スポーツドリンクの活用だ。プロ入り後は、汗で失われた塩分やエネルギーを補えるよう、ミネラルや糖分が十分に入ったスポーツドリンクを飲んでいる。「当時はとりあえず水分っていう意味合いで水を飲んでいた。でも、ただの水ではダメ」
二つ目が十分に栄養を取ることだ。昔から登板前に食事を取るのは苦手で、今も「ナイター前は頑張って白ごはん100グラムとみそ汁がやっと」だという。エネルギー不足による熱中症を防ぐため、栄養士の指導の下でスポーツドリンクに炭水化物の粉末を加えるなどの工夫をしている。
自身の苦い経験から、多くの人に、熱中症への理解を深めて欲しいと感じている。「知識を身につければ、持っている力を発揮できるはず」。本格的な夏の到来を前に、エールを送った。
熱中症死者、子どもの運動部活動145件
日本スポーツ振興センターには、子どもたちの学校管理下の事故に起因する死亡やケガ、病気に見舞金や医療費を給付する制度がある。そのデータによると、22年度の熱中症の給付件数は3184にのぼり、高校が45%、中学校が39%、小学校が14%だった。
件数は2000年代に入って急増し、10年度に4千を超え、18年度には過去最多の7113件に達した。その後は減少傾向に転じている。
重大な事故も起こってきた。1975年度から2017年度にかけて、熱中症死亡数は170件。運動部活動が145件を占めた。登山やマラソンなど学校行事のスポーツが21件だった。学年別にみると、高校1年、高校2年、中学2年の順に多く、男子が9割を占めた。
屋内も同じ、不調言える関係に
熱中症のリスクは、屋内競技にもある。
日本スポーツ振興センターの資料では、2005年度から22年度にかけ、学校管理下の体育・スポーツ活動中の熱中症で死亡見舞金が給付された23件の事故のうち、6件が体育館や屋内運動場で柔道、剣道、バスケットボール、フットサルが行われていた。
全日本剣道連盟は20年から、指導者らに熱中症の発生状況を報告してもらうオンラインシステムを導入している。
報告は昨年までに計40件。注目すべきは発生時の環境で、36件はエアコンが使われていなかった。同連盟では、稽古すべき環境かどうかを知るべく、暑さ指数(WBGT)計を道場や体育館に設置することを推奨している。
学童野球を取材すると、8月に地域の大会が多く、各チームで夏の活動をやめる選択肢をとりづらい事情がみえる。競技団体側が既存の真夏の大会を減らす、試合を午前中だけにする、といった見直しができないか。
屋内外を問わず、指導者の大事な心がけを、昨年の全国高校総体で優勝した茨城県立守谷高剣道部の安田拓朗監督から聞いた。
「体調不良について、素直に言える環境でないと、選手は無理をして、大きな事故につながる。熱中症対策は多くの指導者が知っている。それでも起こるのは、選手との関係性に不備があるからでは」
もはや熱中症対策は待ったなしだ。体調について言いやすい信頼関係からつくってほしい。
熱中症
気温や湿度の高い環境で、体温の調整がうまくいかず、様々な症状が起こる状態で、熱失神、熱けいれん、熱疲労、熱射病の総称。熱失神は初期症状で、めまいや立ちくらみが表れる。熱けいれんは手足などがつる症状。熱疲労は脱水からおきる疲労感、頭痛、嘔吐(おうと)、倦怠(けんたい)感など。熱射病は、体温の異常な上昇と汗がかけない状態や意識障害を伴うことがあり、命に関わる。症状に自分で気づくことが重要と言われている。
暑さ指数(WBGT)
熱中症の予防を目的に1954年、米国で提案された指標。「Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)」の頭文字を取った。気温に加え、湿度や日射などの周囲の熱環境を取り入れる。日本スポーツ協会の「熱中症予防運動指針」では、25以上28未満を積極的に休憩をとる「警戒」、28以上31未満を激しい運動や持久走を避ける「厳重警戒」、31以上は「運動は原則中止」としている。
(朝日新聞より抜粋)