藤岡の同期東洋大・内山拓哉(28期生)、社会人で腕磨く

 東洋大の151キロ右腕、内山拓哉投手(4年=浦和学院)の内定先は、社会人野球のJR東日本東北だ。10月27日のドラフト会議で同大の藤岡貴裕投手、鈴木大地内野手とともに指名を待ったが、ただ1人指名漏れ。春先には右のエースとして期待されたが、思うような結果を残せなかった。社会人で腕を磨き、2年後のドラフトを待つ。

 諦めはついていた。でもやっぱり悔しかった。10月27日ドラフト会議。内山は東洋大白山キャンパスにいた。「別室で待機してたんですが、大地が出て行ったときは取り残されたというか、置いていかれたという思いはありましたね」。ともにプロ志望届を提出した藤岡は1位で、鈴木大も3位でロッテに指名された。内山だけ、会見場に呼ばれることはなかった。

 4年間の実績は十分だ。春のリーグ戦4連覇、全日本大学選手権は3度制した。他大学の友人からはうらやましがられる。「でも僕は戦力になってないんです。リーグ戦だし、自分が負けても3戦目で勝てばよかったから」。デビューは藤岡と同じ1年春の開幕戦。150キロ近い速球で右のエースと期待されたが、ラストシーズンは0勝2敗。やるせなさが残った。

 一方で、ハイレベルな練習環境が内山に与えたものは大きかった。大学入学までの夢は、社会人野球のJR東日本でプレーすることだったという。父成弘さん(53)が都市対抗に出場し、ヘッドコーチを務める姿を見たからだった。しかし「(現日本ハムの)大野さんに球を受けてもらったり、レベルの高い人たちと練習していたら野球が楽しくなったんです」。東洋大が4年間でプロに輩出した選手は6人。いつしかプロに憧れ、初めて父に相談せずに挑戦を決めたのだった。

 JR東日本東北もまた、今年の都市対抗4強の強豪だ。対象となる再来年のドラフトまで、苦しいこともあるだろう。そんな時は、ドラフト当日朝の高橋昭雄監督(63)の言葉を思い出せばいい。「お前の勝負は2年後だ。2年後のこの日に指名されるよう、今日は様子を見に行くだけだからな」。内山は笑う。「山にこもって練習するくらいがちょうどいい。そういうプレーが、東北の人を勇気づけることにもなると思います」。

◆内山拓哉(うちやま・たくや)

 1989年(平元)4月6日、東京都豊島区生まれ。さいたま市立大成小4年から大宮ジャガーズで捕手、遊撃手として野球を始める。浦和学院で投手に専念し2年夏、3年夏に甲子園出場。東洋大では1年春の開幕戦でリーグ戦デビュー。東都大学リーグ通算成績は36試合8勝3敗。家族は両親と姉。177センチ、72キロ。球種はスライダーとフォーク、最速151キロ。右投げ右打ち。

(日刊スポーツ)



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