【写真】練習後のグラウンド整備を済ませた選手たち。整列して必ずその日の練習を振り返る=さいたま市緑区(朝日新聞埼玉版)
◇厳しい指導に食らいつく
「ちょっと止めろっ!」
6月上旬のある夕方。突然、さいたま市緑区にある浦和学院の野球場に、森士(もりおさむ)監督の強烈な怒鳴り声が響いた。紅白戦の最中だった選手たちに緊張が走る。背筋をぴんと伸ばし、その場で直立不動になった。
1死一塁。この場面で狙われやすい一、二塁間への打球を追った選手たちに必死さが足りない――。森の目にはそう映ったのだ。怠慢な守りを見せた一塁手はもちろんだが、問題視したのはそのプレーをとがめず、次のプレーに移ろうとした仲間の態度だった。森は一気にまくし立てた。
「結果的に捕球できなくても、飛びつけば、仲間を励ますプレーになるかもしれないじゃないか。周りもそれを言ってやれないとは、どういうことだ」
チームは選抜大会での優勝後、県大会や関東大会に出場し、いずれも頂点を極めた。その後は九州に遠征して対外試合をするなど過密スケジュールをこなしていた。森には疲労からくる気の緩みが見逃せなかったのだろう。練習前、野球部の専用食堂の床に、箸が落ちたまま放置されていたことも許せなかった。
埼玉大会の開幕まで約1カ月。こんな状態では、夏の全国制覇は目指せない。始まったばかりの紅白戦はしばらく中断した。厳しい言葉を突きつけ、選手たちを問い詰める森の声は、遠巻きに眺める記者の耳にもよく届いた。
人目もはばからず、選手を叱り飛ばす森の指導方法に驚く人もいる。家庭で叱られた経験があまりない選手にとって、森の指導は刺激が強い。
だが、近隣他県の甲子園常連校の指導者はこう語る。「叱るという行為は、子供たちに対する愛情がないと絶対にできない。しかも、とてつもないエネルギーが必要だ」
森は可能な限り選手らと食事をともにし、遠征先では一緒に銭湯の湯船につかる。わずかな変化に気づいてあげるため、惜しみなく時間を費やす。暴力でねじ伏せるのではなく、お互いに心と心を通わせようとしている。
主力メンバーの1人は「森先生に突き放されることはあるけど、必ず、どこかで僕たちのことを見守ってくれている」と話す。選手らは試合で、森の采配に応じて結果を残そうと必死になる。それが、春の選抜大会での初優勝という形に結びついたのだ。
在阪プロ球団のスカウトは「今はまだ森監督から厳しく指導されるという意味が理解できないだろう。けれど、きっと社会に出た時に感謝するはず」。プロの世界に飛び込んでくる選手も、しつけや礼儀を教え込まれている方が大成しやすいと指摘する。
チームを率いて22年。森は強調する。「そりゃ、目標は全国優勝だけど、ここは社会へ出るための準備期間の場でもある。大事な子供を預けてくれた指導者や親御さんの気持ちも裏切れない。彼らは自分の子供と一緒」と。
春夏通算20回の甲子園出場を誇り、史上8校目の春夏連覇を目指す浦和学院にとって、根底にあるのは人間教育だ。
「嫌になっちゃうよ。ウチではいつもこうなんだから」。森はひと通りの説教を終えると、苦笑いしながらつぶやいた。=敬称略
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第95回全国高校野球選手権記念埼玉大会の開幕まで2週間。勝つために取り組む「現場」を訪ねた。
(朝日新聞埼玉版)