昨夏勇退した父・森士(おさむ)氏からバトンを受け継ぎ、監督としてセンバツ初采配を振るのは浦和学院・森大(だい)監督だ。甲子園22回出場、センバツ優勝1回の父を「尊敬する人」と公言し、新しい手法で浦学の伝統を構築しようとしている。偶然にも父と同じく「就任1年目で甲子園出場」を果たした幸運を、どんな形で開花させるのか。
1990年生まれ、31歳は今大会の出場監督の中で最年少となる。
「國學院久我山の尾崎(直輝)監督さんもそうですよね」
すでにインプット済み、と言いたげな顔で浦和学院・森大監督は「最年少」という響きをうれしそうに話した。そこに気負いや虞(おそれ)は感じられない。
「でもまさかウチが開幕戦だなんて、びっくりです。選手たちにとっては、こんな素晴らしい舞台はないですよね」
甲子園に初出場する高校球児のような、高揚感あふれる顔で続けた。選手で2度、コーチ、部長として1度ずつ、計4度も夏の甲子園に行っている。初々しさの中に冷静さが垣間見えるのは、聖地の良さも、怖さも、そこでしか味わえない価値もすべてを体感してきたからだろう。
「僕自身も楽しみで仕方がないんです。このチームは強くはないですが、秋から急成長した選手もいて頼もしいですよ。最終目標は夏の頂点ですが、もちろん日本一を狙います」
視界にあるのは、前監督時代に2年生エース小島和哉(ロッテ)を擁して達成した、2013年春以来の優勝だ。
森監督が語る父のカリスマ性
森監督は選手時代、背番号2ケタの控え投手として高2、3の夏に甲子園出場している。高3夏は08年の記念大会。「親子鷹」で注目された。卒業後、早稲田大に進み大学全日本選手権で優勝。三菱自動車倉敷オーシャンズでプレーし、25歳で引退。16年に母校に戻り、野球部コーチをしながら筑波大大学院で1年、早稲田大大学院で2年スポーツバイオメカニズムや心理学を学んだ。この時の研究については後編で触れるとして、21年夏に部長として甲子園出場。勝利を飾ることはできなかったが、前監督最後の甲子園で13年ぶりの“親子ベンチ入り”を果たした。
尊敬する人物を聞かれると、迷わず「父」と答える。
父は27歳で監督になり、1年目にセンバツ出場(92年)、30年間で優勝1回、甲子園出場22回の実績を残した。その功績を「まさに百戦錬磨。どうしたって敵わない」と肩を丸めつつも、親子だから言える父親の監督像をこんな例えで説明した。
「ぼくが言うのもアレですが、強烈なカリスマ性でしたよね。戦国武将で言うなら織田信長です。強いリーダーシップで天下統一の基盤を作った偉人。弱気になっている選手に『俺を見ろ』『ついてこい!』と鼓舞してきた監督だったと思います」
前監督を知る者なら、非常に納得する「例え」ではないだろうか。威厳のある「昭和のオヤジ」タイプ。90年代後半~2015年頃の強さを支えたエネルギッシュな指導が思い浮かぶ。
その士氏は現在、副校長として学校に残り、兼務で「NPO法人ファイアーレッズメディカルスポーツクラブ」の理事長として地域スポーツの活性化と普及に努めている。息子の指導に口を出すことは一切ない。遠くから部を見守り、求められたときだけサポートするという立ち位置。夏春の連続甲子園出場に士氏は「秋に結果を出して甲子園を決めたのは大きな財産ですよね」と賛辞を送る。そして「この20年間、埼玉で甲子園に出た監督というのが実は5人しかいない。聖望学園の岡本さん、本庄一の須長さん、春日部共栄の本多さん、花咲徳栄の岩井さん、そして森。埼玉の勢力図はずっと変わらなかった。そこに(大監督が)入っていけたのは有難いことです。これからの埼玉は、群雄割拠。厳しい時代に入っていくと思う」。「新生浦学」に期待を込めて話した。
監督&部長が持つ”サラリーマン経験”
新チームが始動したとき、指導者を集めてある提案をした。それは「スタッフも一緒に、現役選手のつもりでやろう」という指針だった。
新体制は監督、部長がともに31歳コンビで、スタッフ計7人中3人が20代という若さ。しかも7人のうち“外部出身者”が3人という割合だ。それまでは浦和学院のOB中心で構成されていた指導陣に、新たな風が吹いたと言える。この布陣が意味するものとは?
森監督と大学時代のチームメイトにあたる田中宏が部長になった経緯を話した。
「私は兵庫出身で、2つ上の先輩に坂本勇人選手(巨人)がいた伊丹シニアの卒部生でした。そのあと早稲田実業に進むと、斎藤佑樹さん(元日本ハム)がいて、1年夏に甲子園で決勝再試合、優勝を体験しました。早稲田大から関西の企業に就職したあと、大監督のつながりで18年夏の甲子園に行ったとき、チームから指導者の勉強をしてみないかと誘われ、今に至ります。自分が浦和学院のスタッフになる日が来るなんて、想像もしていなかったです」
教員からのスタートではない森監督と田中部長は、サラリーマン経験を持つ野球指導者では珍しいコンビ。「選手として秀でた実績はありませんが、社会経験があるからこそ、社会に通じる人材がわかります。新チームでは『野球界のあたりまえ』を見直すところからスタートしました」(田中部長)
技術指導は元プロ野球選手の三浦貴ヘッドコーチが継続。43歳になっても、ケース打撃でサク越えを見せるパワーは選手たちの見本になっている。
朝練は週3日以内、年末年始は8日間休み
顧問で学校職員の車谷裕通氏、コーチの中田悠斗氏、山本勇介氏、理学療法士の堀口晃平トレーナーを置き、交代で選手の寮生活を含めた学校生活をサポートしている。スタッフも週休1日制を取り入れているそうだ。大監督が社会人時代、社内の勤退管理の担当だった経験が生きている。賛否両論あることを覚悟で、新しい発想を取り入れた。
父が”織田信長タイプ”なら、息子は…?
結果はどう出るのかわからない、と前置きしながら、若いスタッフが選手と一緒に浦学野球を再構築している。「結果が出なかったら、また考えます」。柔軟に対応する心づもりだ。
柔軟と言えばもう一つ。「監督1年生」の特権を生かし、全国の名将たちの「ふところ」にもどんどん入っていくつもりでいると言う。甲子園前に大阪桐蔭・西谷浩一監督にショートメールを送り、返事をもらったことも明かした。
「西谷さん、東海大菅生の若林(弘泰)さんなど、激戦区で視野を広く持って結果を出している監督さんのお話は、とても勉強になります。練習試合をお願いしたり、真似できるところはどんどん取り入れていきたいです」
若き新政権で挑むセンバツ。父が織田信長なら、自分は?その問いに屈託のない笑顔で言った。
「僕は豊臣秀吉タイプを目指します。織田信長(前監督)が築いた基盤を生かし、庶民の色で、天下取りを目指します」
浦和学院監督兼心理カウンセラー(31歳)が考える“叱り方わからない問題” 怒りを力に“変えられた”平野歩夢、しかし高校球児は…
監督就任後、半年あまりで甲子園出場を果たした浦和学院・森大監督。父の士前監督からバトンを受け継ぎ、再構築したチームビルディングで結果につなげた。このとき、早稲田大学大学院で学んだ心理学が生かされたと言う。「新生浦学」の指導論から、持続可能な令和の野球現場について考えたい。
高校野球の現場でも自主性、多様性が叫ばれている中、印象的な出来事があった。リモートで行われたセンバツ抽選会で、浦和学院の八谷晟歩主将が青々とした丸刈り頭で登場し、パソコンの画面越しに大きなインパクトを与えた。これは何かの懲罰か?とすぐに思った。
後日森大監督に確認すると、自主的にやったという。「僕も驚きました。坊主が嫌だと言われている風潮の中で、それを選択する選手がいる。この選択も自主性ですよね」と笑っていた。こういう形の自主性もあるのかと。高校球児のマインドにますます興味をそそられた。
名刺の肩書「心理カウンセラー」
1月の取材時。浦和学院の森大監督は「改めまして、こういう者です」とお辞儀をしながら、新しい名刺を差し出した。
「心理カウンセラー」
硬式野球部監督、の下に同じ大きさ、同じフォントでそう書いてあった。この肩書は、監督就任にあたり、必ず入れようと思っていたこだわりだそうだ。体育教諭と、倫理(公民)教諭の資格もあるが、あえて、これを選んだ。なぜか?森監督は選手引退後、筑波大大学院で動作解析などのスポーツバイオメカニズムを1年、さらに早稲田大大学院で心理学を2年学んだ。いま、その経験が指導の軸になっているからだ。
「指導経験のない自分が、高校野球の現場に入ることになり、まずは生徒のメンタリティを学ぶ必要があると感じたんです。多様性が尊重され、個性に向き合った教育が重要視される中で教育を深く理解するためには、心理学が必要だと。僕が出会った教育学研究科の河村茂雄教授は、学級経営学の先生で小中学生のいじめや不登校、自殺、学級崩壊などをテーマに研究されている方でした。ゼミの仲間は学校の先生たちで、もう一度学び直しをするために集まった教育者たちだったのです。ここで、教育の奥の奥のところを学ぼうと思いました」
規律か、自主性か?二項対立の先に…
森監督は学校職員、野球部コーチを務めながら大学院に通い、2年がかりで壮大なテーマと対峙した。
タイトルは「運動部活動指導者の指導行動における選手の主体性及び自律的な練習との関連と、選手のパフォーマンスとの関連に関する検討」。
取材の現場で、自主性をはき違えて自分勝手な行動に走る選手がいる。その選手に対して「怒れない」「怒り方がわからない」と悩む指導者を見てきた。チーム運営に於いて、自主性と規律はセットで行うものだと私自身も感じていた。
従来の統制的な指導(P型)と、選手の自主性・主体性を重視した指導(M型)。森監督はこの2つのバランスを鑑みた「PM指導行動理論」を研究したという。舌を噛みそうな専門用語の羅列がわかりにくいが、つまりこういうことだそうだ。
「Pは規律、管理。Mは自律、主体性。PとMのバランスには法則があって、どちらが強すぎてもダメなんです。時代や環境、生徒の資質などによって、このバランスは変化していくのですが……例えば、浦和学院はPとMのバランスは何対何くらいだと思いますか?」
「7:3……くらいでしょうか?」(筆者)
「正解です!」(森監督)
「90年代の浦和学院は特にそうだったように思います。管理野球ですよね。それが強さの根拠だったのだと思います。この数字が非常に興味深かったので、私は2018年に全国の高校硬式野球部30校1065人の指導者、選手にアンケートを行いました。するとチームの特徴がPM型(目標達成と集団関係維持のどちらも強い指導者)、Pm型(目標達成>集団関係維持の指導者)、pM型(目標達成<集団関係維持の指導者)、pm型(目標達成と集団関係維持のどちらも弱い指導者)の4つに分類されました。
集めた回答の中には甲子園常連校もありました。一つ言えるのは、いまの時代はMの要素が評価されています。でも、そこに着目しすぎるのも良くないということ。結果を残しているチームはPとMのバランスが5:5に近いチームが多いということがアンケート結果でわかりました。心理学の言葉に『教えられたものは覚えているか忘れているかどっちかだが、自分で掴んだものは一生忘れない』という言葉があります。この言葉は前監督が日頃言っていた『人に魚を与えるのは簡単だが、魚の釣り方を教えなければ、人は空腹になって死んでしまう』に通じるものがあります。考える力がなければ、野球が終わったときに何もできない人間になってしまいます」
どう叱るか?具体例「規則を選手が破ったとします」
「自主性を重視するなら、指導者も怒り方に工夫が必要」という話にもなった。アンガーマネジメントについても持論を持っている。2020年6月にパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行され、2022年4月からは中小企業で義務化されることが決まっている。感情をぶつけるだけの「怒る」を、相手の成長を促す「叱る」へ改善していくことは高校野球界の課題と一致している。
「『怒り』は人間の重要な行動の一つなんです。『選手のモチベーションを上げたい』、『選手に逆境を跳ね返す力をつけて欲しい』。もともとはそういう感情から起こるもの。悪だと決めつけるのではなくて、どう感情をコントロールするかが大事なんですよね。うまくなって欲しいから怒る。でも、脅迫的な怒りは子どもの思考を停止させ、成長を止めてしまう。これではチームは強くなっていきませんよね」
北京オリンピック・スノーボード金メダリストの平野歩夢選手は“怒りをエネルギーに変えて”結果につなげたが、高校生の理解力・精神力はまだまだ未成熟だ。
「僕なんか、人一倍負けず嫌いなので、試合中にカッとなったり、感情をコントロールできないことが多々あります。でもここで大事なのが『レジリエンス』(回復力、弾性、しなやかさ)なんです。具体的な例を挙げます。
部の規則を選手が破ったとします。監督として、規則を破ったことに対して怒らなければいけません。怒っても選手に反省の色が見えない。そのときは、監督ではなく他の指導者がフォローに入り、なぜ怒られているかを認識させる。そして監督へのコミュニケーションを自ら取りに行かせること。ここで自我のコントロールを身に付けさせます。そして最後に、監督は怒った理由を選手にもう一度理解させ、次に規則を破らないための方法論を一緒に考える。これがレジリエンスを身に付けさせるやり方です。うちはまだまだトライアルの段階。強いチームはこのやり方が自然とできていることが多いです」
「P型」の八谷主将に対する指導法
PMバランスに、アンガーマネジメント。もちろん、他にもやることは沢山ある。その中で、試合にも勝たなければいけない。今年のメンバーは九州沖縄出身の選手も多く、元U-15が5人。選手たちは皆、日本一を目指して浦学の門をたたいた。その先のプロも夢みている選手たちだ。その使命も森監督は当然、自覚している。
冒頭で紹介した八谷は「生ぬるいのはあまり好きじゃない。浦和学院のガッツリ系の練習に惹かれて」佐賀から越境入学した、上昇志向の高い選手。しかし、言われたとおりに動く「P型」の選手だった。森監督の指導について聞くと「ミスや注意点があると、一方的に怒るんじゃなくて、どうだ?と意見を聞いてきます。その時に自分の考えを発言しなくちゃいけないので、よく考えるようになりました」。野球が大好き。でもなぜ好きかを深く考えるきっかけがないままここまで来た。「自分には野球しかないので、プロになれなかったら社会人野球までやりたい。引退したら、会社でそのまま働けるからです」。いつか本気の野球を辞める日が来る。その日のために、自分の中で弱かった「M型」の部分を育てている最中だ。
研究熱心な「1年生監督」と、日本一を狙う“ガッツリ選手”たち。この化学反応に注目したい。
(Sports Graphic Number Web)