目輝かす子ども「甲子園めざす」
浦和学院高校(さいたま市緑区)は東日本大震災の発生直後から、被災した宮城県石巻市を中心に支援活動を続けてきた。震災から9カ月を迎えた9~11日には、同市の少年野球チームを招いて野球部員と交流した。
「元気出していくぞ」
「はい!」
10日、野球部の練習グラウンド。小さなユニホーム姿に、野球部員の激励が飛んだ。
子どもたちは同市鹿妻(かづま)地区の「鹿妻・子鹿クラブスポーツ少年団野球」の小学生22人。震災後、浦和学院がスパイクを寄付したことがきっかけで交流が始まり、「野球を通して元気づけたい」と企画したという。
甲子園常連の強豪校だけあって、子どもたちには憧れのお兄ちゃんたち。はじめは緊張していたが、一緒にボールを追いかけ、グラウンドを走り回ると、すぐに笑顔が広がった。部員は手を取ってわかりやすく投げ方を教えたり、プロ野球選手の物まねを交えて笑わせたりした。2時間の練習はあっという間に終わり、歓声が絶えなかった。
続いて学生食堂で行われた歓迎行事では、吹奏楽部やソングリーダー部など約170人の生徒とも交流した。浦和学院の応援曲が披露されると、子どもたちは「かっこいい!」と目を輝かせていた。
鹿妻地区は海に近く、大津波の被害が大きかったという。チームでは、子どもたちのうち半数が自宅を失った。グラウンドは水没し、練習できない日々が続いていた。
参加した阿部鳳稀(ふうき)君(11)は「大きくなったら浦学野球部に入って甲子園を目指したい。そして自分も困っている人を勇気づけたい」。チームの津田一浩監督(59)は「震災後、一番いい笑顔を見せていた。いつか恩返しさせていただきたい」と話した。
野球部の森光司君(3年)は「みんな本当に楽しそうに野球をしていた。初心に帰り、野球を楽しむことが大事なのだと改めて気づきました」と話した。
震災直後から支援 校内で募金集めも
浦和学院高校は震災直後に大震災対策本部を設置。交流のあった石巻市の石巻専修大学を拠点にし、支援活動をスタートさせた。生徒は、自主的に校内で義援金を集め始めたという。
これまでに、断水した地域に生活用水を供給できるように散水車を送ったり、6月には東松島市のサッカー少年団を招待したりした。また、鹿妻・渡波保育所などにサイズのあった運動靴を届けるなど交流を深めてきた。
一方、部員数が多い野球部は、「浄財とエネルギーを被災地へ」という方針を決め、今年3月の選抜高校野球大会では応援を自粛。4月にはOBらから集めた野球道具を岩手県の高校球児に寄付した。
(朝日新聞埼玉版)