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浦学・小島が完全試合 23年ぶり史上3人目 ベスト4決まる

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【写真】浦和学院-埼玉平成 県内史上3人目となる完全試合を達成した浦和学院の小島=25日、県営大宮球場(埼玉新聞)

 (25日・県営大宮ほか)

 第11日は2球場で準々決勝4試合を行い、ベスト4が決定。浦和学院の小島和哉投手(2年)が埼玉平成戦で、夏の大会では1990年の岡崎淳二投手(川越商)以来、23年ぶり史上3人目、通算4度目の完全試合を達成した。

 左腕小島は五回まで60球の快調なペース。六回1死から三遊間を襲う安打性の打球を浴びたが、遊撃手竹村がダイビングキャッチし、一塁へ送球する超ファインプレーでもり立てた。七回1死では2番打者にこの試合で唯一、3ボールまでいったが、持ち味の直球を2球続け空振り三振。

 最大の見せ場は九回2死。代打・小高の当たりは一、二塁間を抜けたが、前進守備の右翼手斎藤が素早い捕球から一塁へストライク送球。珍しい右ゴロで偉業を打ち立てた。球数97。9奪三振。チームも6-0で好右腕佐々木を攻略した。

 Cシード市川口は本庄第一を4-3と逆転で退け、16年ぶりの4強進出。Dシード聖望学園は、3番寺田の2戦連続アーチとエース川畑の完封など市川越に5-0で快勝。Cシード川越東は、19安打11得点で所沢商に圧勝した。

 準決勝は27日、県営大宮で浦和学院-聖望学園(10時)市川口-川越東(12時30分)のカードで実施される。

◇野球の神様、導く偉業

 野球の神様の粋な演出だった。

 九回2死。ここまで一人の走者も許していなかった背番号1が、27人目の打者に投じた97球目。打球は一、二塁間を抜けた。「大記録ならず」。誰もがそう思ったその時だった。右翼手の斎藤が猛然とダッシュし、一塁へ矢のような送球。一塁塁審の右手が上がる。ライトゴロという劇的な幕切れで偉業達成―。

 浦和学院の2年生エース小島が夏の大会では23年ぶり、3人目4度目となる完全試合を成し遂げた。「最後打たれてしまい、自分はまだまだ甘い」と反省の弁から口にした左腕だが、「一人一人を打ち取った結果。正直、うれしい」と、少しだけ表情を緩めた。

 甲子園優勝投手の片りんを埼玉の高校野球ファンにあらためて見せつけた。伸び味抜群の直球と抑えの利いたスライダーを主に、時折チェンジアップも織り交ぜ、初8強で勢いに乗る相手に付け入る隙を与えない。制球も安定し3ボールは1度だけ。三振は9個奪った。六回1死から痛烈な当たりが三遊間を襲ったが、遊撃手の竹村が横っ飛びの好守備で阻止した。

 4回戦の春日部戦では八回まで無安打無得点に抑えながら、九回は右翼の守備に回った。実はこの日、八回を投げ切ってベンチに戻ってきた際、森監督に「(自分を)代えてください」と言った。その理由を「次の試合に影響するかなと思って」と話すエース。しかし、森監督から「本当に投げなくていいのか?」と返されると、「やっぱり投げさせてください」と直訴し、九回のマウンドへ向かった。

 だから最後の打者の打球が一、二塁間を抜けた瞬間は「『自分の気を抜かせないための、神様のいたずらじゃないかな』って思いました」と苦笑い。しかしどんな試合、どんな場面でも目の前の打者、一人一人に魂を込めて抑えにいく“1”の背中を、野球の神様は最後まで押し続け、快挙に導いた。森監督も「完全試合ですから、文句を言っては駄目でしょう」とたたえた。

 一塁側応援席から見守った母・美和子さんは「最後まで心配でしたが、斎藤さんら先輩たちが守って支えてくれたことで、(完全試合を)達成できたと思います。チームが勝ててうれしいです」と涙を流しながら感謝していた。

 甲子園まであと二つ。チーム、スタンドの思いを背負って力投し続ける不動のエースは「いくらいい投球をしても次で負けたら意味がないです」ときっぱり。気持ちは既に、準決勝の聖望学園戦へ一直線に向いている。

◇浦学、王者の貫録鮮明に 偉業の陰で足場着々

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【写真】5回裏浦和学院1死一、三塁、服部がスクイズを決め追加点を奪う。捕手斎藤=県営(埼玉新聞)

 好右腕から今大会最多の11安打で6得点。完全試合を達成したエース小島ばかりに目がいきがちだが、チームとしても着々と足場を固めている。浦和学院が初8強で勢いに乗る埼玉平成を寄せ付けない快勝だ。

 他チームを散々苦しめた佐々木を攻略した。

 二回、1死一塁から6番斎藤の初球にエンドランを仕掛けると左前打で一、三塁。2死二、三塁となり、小島が追い込まれながらも甘く入ったスライダーを右前に運び先制した。五回には1死二塁で負傷の贄(にえ)に代わり二塁を守る9番の1年生津田が「直球を狙っていた」と内角低めを捉え、三塁線を破る二塁打。さらに竹村が左前打でつなぐと服部がセーフティースクイズを初球に決め3点目を奪った。

 七、八回にも計3点を追加。浦和学院打線の看板である山根、高田、木暮の3~5番が無安打に終わりながらも周りを固める選手が奮起した。甘い球を確実に仕留め、適時打以外にもスクイズや内野ゴロで点を重ねるしたたかさ。守備も無失策で、竹村や斎藤の好守がなければ小島の偉業も達成されてはいなかった。

 森監督は「やっと戦えるリズムが出てきたかな」と安堵の表情。続けて「ここのところいい投手と当たっているが、少ないチャンスの中で点が取れ、投手中心に守れている」。聖望学園との大一番へ、選抜王者が軌道に乗ってきた。

◇主力の穴埋め2安打1打点 浦和学院

 左手骨折の正二塁手・贄に代わり、今大会3戦目の出場となった1年津田が2安打1打点と活躍。「満足はしていないけれど、チームの勝利に少しは貢献できたかな」とはにかんだ。

 出身は和歌山県。昨春の選抜大会を見て「この人たちとプレーしたい」と進学を決めた。全員で勝利を目指す姿勢に感銘を受けたというルーキーは、「投手に球数を多く投げさせたりするのが9番の仕事。次も自分の役割ができるようにしたい」と謙虚に話し、準決勝を見据えた。

◇埼玉平成、ピンチにも笑顔忘れず

 今大会で台風の目として旋風を巻き起こした埼玉平成だったが、王者浦和学院の牙城は崩せなかった。

 エース佐々木は「連投の疲れはなく、調子も良かった」と話したが、相手の強力打線に11安打を浴び6失点。「これまで空振りを取れていた直球がファウルにされた。日本一のチームはすごい」と相手打線のレベルの高さを素直に認めた。

 試合には敗れたが、直球とスライダーを武器に粘りの投球を見せた。特に警戒したクリーンアップには安打を許さず4三振を奪った。「出せる力は全部出せた」とサッパリとした表情だった。

 前チームでは捕手。新チームになってから投手を始めた。当初より球速は10キロ上がり、わずか1年で急成長。今大会ではエース兼4番として、春日部共栄や上尾を破る立役者となり、チームを初のベスト8まで導いた。

 浦和学院戦はピンチを迎えても、いつも通りに笑顔を絶やさなかった。「チーム全員で笑顔を貫けた。この大会で成長できた」と爽やかな笑顔で球場を後にした。

◇エース対策も「2ランク違う」 埼玉平成

 浦和学院のエース小島を前に一人のランナーも出せなかった。

 責任教師としてベンチ入りしている高橋監督は小島対策で「ホームベース寄りに立ち、内側の球を思い切り引っ張れ」と指示。だが、打線は完全に沈黙し、強い打球も相手の好守に阻まれた。

 主将の麦島は「コントロールが良く、変化球もキレていた。今までの投手より2ランクぐらい違った」と脱帽。5番の新沼は「スライダーにキレがあり、分かっていても手が出た。歯が立たなかった」と肩を落とした。

■準々決勝(7月25日)

埼玉平成
000000000=0
01002012x=6
浦和学院

【浦】小島-西川
【埼】佐々木-斎藤

▽三塁打 西川(浦)
▽二塁打 津田(浦)

▽投手成績
小 島(浦)9回、 97球、被安打0、9奪三振、与四死球0、失点0、自責点0
佐々木(埼)8回、130球、被安打11、6奪三振、与四死球3、失点6、自責点5

【浦和学院】
⑥竹 村4-2-0
⑦服 部4-1-2
⑧山 根4-0-0
⑤高 田3-0-0
③木 暮1-0-0
⑨斎 藤4-1-0
②西 川4-2-1
①小 島3-3-2
④津 田3-2-1

【埼玉平成】
⑤青 木3-0-0
⑨西 野3-0-0
⑦麦 島3-0-0
①佐々木3-0-0
⑧新 沼3-0-0
③森 田3-0-0
⑥板 谷2-0-0
H堀 川1-0-0
②斎 藤3-0-0
④武 藤2-0-0
H小 高1-0-0

(打数-安打-打点)

安 打:浦11、埼0
失 策:浦0、埼1
三 振:浦6、埼9
四死球:浦3、埼0
犠 打:浦5、埼0
盗 塁:浦1、埼0
併 殺:浦0、埼1
残 塁:浦8、埼0

 浦和学院の先発小島が大会史上3人目(4度目)の完全試合を達成した。小島は一回を三者凡退で切り抜けると、その後も一人の走者も許さなかった。九回2死では一、二塁間を打球が抜けたが右翼手斎藤が一塁へ送球し、右ゴロでゲームセット。打線は11安打で6点と効率良く得点を奪った。埼玉平成は小島の前に打線が沈黙し、好投した佐々木を援護することができなかった。

(埼玉新聞)

◇浦学・小島完全ライトゴロ締め

 今春のセンバツ優勝投手、浦和学院のエース左腕小島和哉(2年)が、自身初となる完全試合を達成した。切れのある直球とスライダーで内角を突いて9三振を奪い、芯にとらえられた打球はわずか数回と、ほぼ完璧な内容だった。同大会では23年ぶり3人目、史上4度目の快挙となった。

 幕切れは劇的だった。27人目の打球は一、二塁間を抜けた。安打性の打球を右翼手が一塁に好返球で、ライトゴロで記録が生まれた。ため息交じりの歓声は、すぐに興奮気味のそれへと変わった。マウンド上の小島は「最後まで気を抜かせない。神様のいたずらかと思いました」と大記録の重みをかみしめた。

 8回表の守備が終わりベンチに戻ると、森士監督(49)から「代わるか?」と聞かれ、「代えて下さい」と答えた。だが、もう1度「本当にいいのか?」と聞かれ、「やっぱり投げさせて下さい」と志願した。

 ある記憶がよみがえった。4回戦(20日)の春日部戦で8回まで無安打無得点投球だった。だが、森監督の「個人の記録よりチームの勝利が大事」という方針から8回で降板した。この日も最初は「甲子園での勝ち方も考えて」と継投策を受け入れたが、再び監督から聞かれた時に、エースの意地とプライドが出た。

 気持ちは熱くても、力みのない投球だった。今年5月に対面した憧れの桐光学園・松井から、スライダーの握り方を伝授してもらった。7月1日には桐光学園との練習試合(浦和学院グラウンド)で準完全試合を見せつけられた。「松井さんのスライダーはやばすぎます」。少しでも松井に近づきたい、と磨いたスライダーで、打者の懐をえぐった。

 埼玉平成には、小島対策で打者11人のうち、10人の右打者を並べられた。だが、自信のある内角攻めで、わずか97球で料理した。浦和学院元部長で埼玉県高野連の高間薫専務理事(58)は「右、左どちらの打者へも自信を持って内角へ攻めている。そこが良かった」と分析した。

 小島は試合後、森監督とクールダウンのキャッチボールを行った。言葉はなくても、気持ちは通じていた。小島は「前のことがあって、こういう記録はたしかにうれしいです」と笑った。観戦に訪れた母美和子さん(52)も「あの子らしい投球でした」と喜んだ。小島は記念球を手にして、困ったような表情を見せた。「お母さんか、森監督に渡したいです」。そう言うと、記念球を大事そうに左ポケットにしまい込んだ。

 ◆小島和哉(おじま・かずや)1996年(平8)7月7日、愛知県弥富市生まれ。小学1年から野球を始め、中学は行田シニア所属。高校1年春からベンチ入りし、今春のセンバツでは全5試合に先発し優勝投手。趣味は寝ること。LINE(無料通信アプリ)の待ち受け画面は桐光学園・松井裕樹。自己最速は143キロ。持ち球は直球、カーブ、スライダー、チェンジアップ、スクリュー。家族は両親と兄。175センチ、74キロ。左投げ左打ち。

(日刊スポーツ)

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