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浦学、亡き名将に捧げた4強 1986年夏の甲子園

浜風なんの、豪快アーチ 力勝負象徴

三回表浦和学院1死、鈴木健が右越え本塁打を放つ=1986年8月甲子園球場

 内角の甘い球を逃さなかった。三回1死、左打席の浦和学院4番・鈴木健(2年)のバットが自然に反応する。とらえた白球は甲子園名物の浜風を突いて右翼席に飛び込んだ。

 マウンドの高知商(高知)の岡林洋一(3年)は、後にプロ野球ヤクルトがドラフト1位指名した本格派の右腕だ。対する鈴木も翌年、西武が1位指名した。ヤクルトと西武が対戦した1992年の日本シリーズでも二人は相対した。

 甲子園で自身初となる、この鈴木の本塁打は、両チームの「力勝負」を象徴する。4打数2安打2打点と1年先輩の岡林を打ち込んだ鈴木健の記憶は今も鮮明だ。「打ったのはスライダー。逆風の浜風が吹いていてもスタンドに、ということでしょう」。会心の当たりだった。

 この1986年、浦和学院を率いたのは当時27歳の青年監督、和田昭二(59)。84年に監督に就任した野本喜一郎が重い病に倒れ7月初めに入院、代わって埼玉大会からチームを指揮した。野本は前任の上尾で春、夏ともに3回の甲子園出場を果たした名将だ。

 野本を追うように有望な選手が浦和学院に集まった。「新人類」「怪物」などと呼ばれた逸材の個性をつかみ、豪快かつ大胆な集団にまとめあげていく。例えば、鈴木に助言のようなことは何もしなかった。「あいつ(鈴木)は自由にさせていい。自分で考えてできるから」。和田が覚えている野本の言葉だ。

 選手の自主性を引き出すのは、目標達成の早道でもある。親しみを込め「のもじい」と呼ばれた野本はグラウンドに来ても、脇の草むらでミョウガ採りを楽しむような人だった。それでいて、選手一人ひとりをよく見ていた。

 野本をコーチとして補佐していた和田は「チームは最初、大会に出ても1回戦敗退の連続。それが2年目の秋が過ぎたあたりからスイッチが入ったように勝ち出した」。選手が本来の力を出し始めていた。「振り返れば、歴代の浦和学院のチームで、あの86年が最強。それは浦和学院関係者の一致するところ」と和田。夏の甲子園初切符を手にする道が開けていた。

 指導は穏やかでも、野本が教える野球は積極的で機敏だ。相手の力が上と見れば、逆に強攻をしかけていく。

 その野本が甲子園の開会式のテレビ中継で教え子たちの行進を見た後、静かに息を引き取ったと選手たちは宿舎で聞いた。64歳だった。チームは「野本イズム」を甲子園でも忠実に体現することになる。

強気に先制、秘策の魔球 教えを体現

 高知商との準々決勝は一回、相手のエラーで無死二塁の好機がいきなり転がり込んだ。2番打者は3球目をセンターへはじき返して無死一、三塁。ここで打席に入ったのは、主将で捕手の黒須隆(3年)だ。「スクイズバントという作戦はなかった。下手に小細工して負けるより、自分たちの野球をしたかった」。32年前のスコアシートを目で追いながら黒須は話す。

 黒須は初球を右前へ適時打。相手の岡林の直球に意識を集中し、素直に打ち返すことだけを考えた。当時の心境は「快打洗心」。この後、打球が内野で不規則バウンドした鈴木の適時打が続く。更に無死満塁と攻め、内野ゴロ併殺の間に3点目が入った。

 流れをつかんだ浦和学院のマウンドには、その前の甲子園3試合をすべて完投した左腕の谷口英規(2年)がいた。武器は、右打者の外角へシュート回転して曲がり落ちるスクリューボール。打者の視界からすっと消え三振が取れた。

 「スクリュー」は当時、高校球界で投げる投手がほとんどおらず、谷口の投球を見てこの球種を知った人もいたほどだ。だが、谷口の肩は限界に近づいていた。「最後まで勝ったという気がしなかった」と鈴木が言うように、中盤以降は互角の展開で相手の圧力を受け続けた。

 切迫した状況でも、黒須、谷口のバッテリーは新しい試みをしている。右打者対策のスクリューボールを高知商戦で初めて左打者にも使ったのだ。内角をえぐる強気は野本の教え通りだろう。「スクリューは自分の絶対的な球。打たれていない」と谷口は言う。結果は被安打4の完封勝利だった。

 準決勝で松山商(愛媛)に3―14と敗れた後、2年生だった谷口、鈴木の挑戦は翌年も続く。甲子園出場が実力に裏打ちされていたことを示すためにも、「連続」を果たさなければならなかった。2回目の方が、道はむしろ険しかったかもしれない。

 2度目の甲子園初戦は尽誠学園(香川)が相手。エースの伊良部秀輝(3年)は後にロッテを経て大リーグのヤンキース入りした剛球右腕だ。浦和学院は7回まで1―0とリードしながら2―5で逆転負けした。谷口は九回、伊良部に打たれた本塁打を忘れない。

 その一撃は優勝の夢を砕くとともに、次の舞台で日本一を目指す始まりになった。

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