“一戦必勝” 森ウラガク(1)悔し涙からの出発

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【写真左】2年連続の選抜大会出場を決め、天高く帽子を飛ばす浦和学院ナイン=27日、浦和学院高校(埼玉新聞)
【写真右】第93回全国高校野球選手権埼玉大会準決勝で花咲徳栄に敗れ、がっくりと肩を落とす浦和学院ナイン=2011年7月26日、県営大宮球場(埼玉新聞)

 「全国制覇だ! 日本一になるぞ!」。笹川晃平主将の掛け声で、せきを切ったかのように次々と歓喜の雄たけびを挙げるナイン。カメラに向かってこん身のガッツポーズを決め、天高く帽子を投げたり、主将を胴上げしたり…。真冬のグラウンドに咲いた笑顔、笑顔、笑顔。浦和学院に2年連続8度目の“春”が到来した。

 昨秋の県大会で3連覇を達成し、続く関東大会では史上3校目、埼玉県勢としては初の2年連続優勝を成し遂げた。選抜大会出場は確実だっただけに、チームを率いて21年目を迎える森士(おさむ)監督は、朗報にも落ち着いていた。

 「(関東大会後の)明治神宮大会が終わった直後から、既に春に向けての準備はしてきている」。視線は3月の本番に向いている。

 昨年のチームも関東大会を制したが、森監督は「前チームよりも伸びしろがある」と手応えをつかんでいる。関東大会初戦で、昨年の選抜大会優勝校・東海大相模(神奈川)を破り、決勝では昨夏の全国4強メンバーが多く残る作新学院(栃木)に快勝した。選抜大会でも当然、有力校の一角に挙げられるだろう。

 しかし、そんな今チームは、悔しさにまみれての出発だった。春夏連続甲子園出場を目指し臨んだ昨夏の埼玉大会準決勝で、この大会で優勝した花咲徳栄に敗れた。3年連続で夏の甲子園出場を逃した先輩たちの涙が、新チームスタートの合図となった。

 新チームの船出は、花咲徳栄に敗れた翌日の7月27日。悔しさの中にも選手たちは、しっかりと敗戦を受け止めていた。

 2年生ながら大黒柱としてチームをけん引してきた佐藤は「自分たち2年生が、先輩たちの足を引っ張ってしまった」と責任を感じながらも、「失敗してしまったことを絶対に無駄にしたくない」と決意を新たにした。

 不安をかき消すように選手たちは、学校の教室を借りてミーティングを開いた。「俺たちが浦学の新たな歴史をつくるんだ」「やるからには甲子園出場ではなく日本一」。当たり前のように飛び交う声。それは、ナインが同じ方向に向かおうとしている証しでもあった。

 夏のレギュラーが小林(前主将)のみだった前チームに比べ、佐藤、笹川、石橋らの選抜大会経験者が残ったことは、今チームにとって大きなアドバンテージだった。「自分たちがやらないと、経験させてもらった意味がない」と主将の笹川。志半ばで敗れた3年生の支えもあり、猛暑の中、毎日のように組まれた練習試合は連戦連勝を飾った。

 8月23日~9月3日まで森監督がアジアAAA野球選手権の日本代表コーチで離れても勢いは衰えず。佐藤は「森先生がいなくても、自分たちだけで勝ってやるという意識だった」。各自が役割を自覚し、終わってみれば夏休みを無敗のまま駆け抜けた。31勝1分け(南部新人大会2試合含む)。21年目の森監督も「1敗もしなかったのは記憶にない」とチームの仕上がりに手応えを深めていた。

 練習試合の成績を一度リセットして臨んだ9月の南部地区予選。やはりその総合力は抜きんでていた。

 1回戦を突破すると、代表決定戦では接戦が予想された浦和実戦を六回コールド、10-0で全く寄せ付けず。圧倒的な支持を集めて第1シードに収まった県大会でも王者の試合運びを見せた。初戦の2回戦、3回戦と、しぶとい市川口、市川越にともに快勝。初の8強入りで金星を狙いにきた本庄東も七回コールドで破り、順当にベスト4に進出した。

 そして、後の運命を大きく左右することとなる第4シード聖望学園との準決勝を迎えた。

 選抜の経験者が残り、高かった総合力にプラスして試合ごとに成長を重ね、関東2連覇を達成した今チーム。その軌跡を振り返るとともに、“聖地”甲子園で一戦必勝を誓うナインが、その先に見据えるものとは。

(埼玉新聞)



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