センバツ:浦和学院V 交流被災者も歓喜

センバツ:浦和学院V 交流被災者も歓喜

浦和学院の選手に声援を送る被災者ら=宮城県石巻市北上町十三浜の仮設住宅「仮設団地にっこりサンパーク」で2013年4月3日

浦和学院の選手に声援を送る被災者ら=宮城県石巻市北上町十三浜の仮設住宅「仮設団地にっこりサンパーク」で2013年4月3日

 東日本大震災後、浦和学院の選手らがボランティアに訪れた宮城県石巻市北上町十三浜(じゅうさんはま)の仮設住宅「仮設団地にっこりサンパーク」では、被災者ら30人が集会所に集まり、テレビ越しに声援を送った。選手らは、被災地を何度も訪れ、同住宅でも炊き出しをしたり、地元中学生と交流したりして被災者を励ました。初優勝の瞬間、被災住民らは「また元気をもらった。ありがとう」と喜んだ。

 試合は五回、浦和学院打線が爆発して一挙7点を挙げると、自宅を流された木村英子さん(72)は「一生懸命頑張ってくれて気持ちがいい。声援が届いた。拍手しすぎて手が赤くなっちゃった」と笑顔を見せた。優勝が決まると、西條金男さん(78)は「最後まで頑張って偉い。炊き出しは本当にありがたかった。優勝万歳!」と拍手。同仮設の佐藤富士夫自治会長(64)は「感謝の気持ちを込めて心を一つにして応援した。会って直接おめでとうって言いたいね」と祝った。

(毎日新聞)

 

石巻からの声援、浦和学院の力に ボランティア通じ交流

宮城県石巻市の保育所の園児らから贈られた横断幕(左)と少年野球チームの寄せ書きが掲げられた一塁側応援席=3日、阪神甲子園球場

宮城県石巻市の保育所の園児らから贈られた横断幕(左)と少年野球チームの寄せ書きが掲げられた一塁側応援席=3日、阪神甲子園球場

 3日幕を閉じた春の甲子園で、浦和学院(埼玉)が初優勝した。被災地でのボランティアを通じてかみしめた、野球にうちこめるありがたさが、選手を後押しした。

 猛打で17点――。圧倒的な力を見せた浦和学院。持ち前の「つなぐ打線」に磨きをかけたのは、東日本大震災のボランティアで知り合った被災地からの声援だった。

 「選手みんなで頑張った。被災地の人たちと一緒に喜びたい」。3日、3安打3打点と活躍した主将の山根佑太君(3年)は満面の笑みを見せた。2安打1打点の贄(にえ)隼斗君(3年)も「東北は復興途中で大変だけど、この優勝を喜んでくれる人もいる」と語った。

 一塁側応援席には「浦和学院のお兄ちゃんがんばって!!」と書かれた横断幕が掲げられた。宮城県石巻市の保育所から贈られたものだ。同市の少年野球チーム「鹿妻(かづま)・子鹿(こじか)クラブ」の子供たちが「目指せ頂点」などと記した寄せ書きもあった。チームからは7人の小中学生が観戦。「お兄ちゃん、打て!」などと声援を送った。小4の遠藤瑠祐玖(るうく)君は「応援歌も歌った」。

 野球部は2年前から石巻市でがれきの撤去を手伝い、炊き出しなども行った。子供たちにスパイクを贈り、盗塁のこつを教えた。捕手の西川元気君(3年)は積み上がるがれきを見て自宅に戻った時、「苦しむ人がいる中で、自分は野球ができる」と両親の前で泣いた。チームの和を意識し、目の色を変えて練習に励んだ。この日、後輩の投手、小島和哉君(2年)を力強くリードした。

 決戦前夜、ホテルに持ち込んだ被災地の写真集を改めて見た。苦しいはずの人たちが頑張る姿。創部35年目で栄冠を手にした。試合後、メンバーは優勝旗を先頭に甲子園を一周。「ありがとう」と、スタンドに大きく手を振った。

(朝日新聞埼玉版)

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