「人生そのもの」の縁 内山真理子さん(40)

 1993年初夏、念願のマネジャーに。憧れた甲子園への道は険しく、初めての夏は先輩たちの悔し涙を見ました。それから選抜への切符を逃した秋、ひたすら走る部員を横目に真水で作業した冬、新入生の体力測定をした春、そして集計や雑務の日々を経て、夢見る舞台へ行けた2回目の夏。甲子園球場は広く、大きく、感動という言葉では表せないものでした。

 自分たちの代になり自分たちの甲子園を目指した3回目の夏。95年準々決勝でサヨナラ負けを喫し、夢への道は幕を下ろしました。ベンチ裏で同期たちに「甲子園に連れて行けなくてごめん」と言われて泣いたことは一生忘れません。

 たくさんの練習や試合に臨んだ同期34人。上杉達也もいなければ浅倉南にもなれなかったけど、そんな仲間との縁を結んだ高校野球。後の私はマネジャーをしていたおかげで、さらに二つの大きな縁を手にします。

 一つは高校野球に携わる仕事、もう一つは閉会式時にプラカードを持つ私の横にいた準優勝校主将との結婚です。思い出、仲間、仕事、未来とたくさんのものをくれた高校野球。私にとってそれは「人生そのもの」。

(埼玉新聞)




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