浦学、二松学舎大付に6-0 投打で円熟 32年ぶり8強 渡邉初完封

32年ぶりの8強進出を決め校歌を歌う浦和学院ナイン=16日、兵庫県西宮市の甲子園球場

 第100回全国高校野球選手権記念大会第12日は16日、兵庫県西宮市の甲子園球場で3回戦4試合を行い、南埼玉代表の浦和学院が二松学舎大付(東東京)に6-0で快勝し、初出場で4強入りした第68回大会以来、32年ぶり2度目の8強進出を決めた。浦和学院は第14日の18日、32年ぶりのベスト4を懸けて、史上初となる2度目の春夏連覇を狙う大阪桐蔭(北大阪)と対戦する(8時試合開始予定)。

 浦和学院は2試合連続の2桁安打となる10安打を放ち、6得点。投げては、先発した渡邉が5安打完封した。

 三回1死一塁、1番中前が左中間を深々と破る先制の三塁打を放ち、続く矢野が中前適時打で追加点を挙げた。五回は矢野の2打席連続適時打で3点目を奪い、敵失で2点を追加。六回は矢野が中犠飛でダメ押した。

 渡邉は内と外に丁寧に投げ分けて打たせて取り、走者を背負ってからは球威のある直球で切り抜けるなど、10奪三振で要所を締めた。

 浦和学院は、2度目の出場となった1987年から2004年は6度出場し、いずれも2回戦敗退。06~08年は3年連続初戦敗退という屈辱を味わった。12年は、26年ぶりに夏の甲子園で2勝を挙げたものの3回戦で天理(奈良)に2-6で屈し、春の選抜で初優勝した13年の夏は1回戦で仙台育英(宮城)に激戦の末、サヨナラ負け。そこから甲子園から遠のいていた。

 監督28年目で、夏の大会は自身初の準々決勝に駒を進めた森士監督は、準決勝に向けて「甲子園を満喫して、大暴れできるように楽しんでいきたい」と意気込んだ。主将の蛭間拓哉は「まさかここまでこれるとは思っていなかった。次も自分たちの野球をやるだけ」と平常心を強調した。

有言実行の初「完投」

5安打完封した浦和学院の先発渡邉

 頼りになる右腕渡邉が高校初完投、初完封を甲子園の大舞台でやってのけた。打者32人に109球を投げ、被安打5、10奪三振の力投で二松学舎大付の強力打線を封じた。

 七回終了後に森監督から「左打者に回ったら交代」と告げられていた。試合終了まで必要なアウトは六つで右打者が6人続く。「左打者まで回さなければいい」とギアをトップに上げ、八、九回ともに三者凡退に切って取り、9回を投げ切った。「継投を考えていたが、本人の意思に情が出てしまった」と森監督の意思を覆させるほどの気迫の投球だった。

 一回、味方の失策と四球などで1死二、三塁といきなりのピンチを背負ったが「ピンチではギアを上げる」と、4番保川は148キロの外角直球で見逃し三振させ、5番畠山は空振り三振に仕留めた。四回無死二、三塁でも自己最速の149キロをマークするなど球速を上げ、2者連続三振と遊ゴロで切り抜けた。

 力の入れどころと抜きどころが抜群で、先発らしいペース配分は成長を感じさせる。内角のツーシームと外のスライダーが決まり、思った通りに内野ゴロを量産できたことで球数を抑え、心配だったスタミナ面に影響することもなかった。

 南埼玉大会の決勝で「完投させてください」と森監督に志願しながらも八回に連打を浴びて降板した悔しさが残っている。あの時、「完投は甲子園に取っておきます」と宣言した右腕は見事に有言実行した。

左投手克服 進化の証し

 32年ぶりに8強への扉をこじ開けた浦和学院ナイン。2試合連続で完封した投手陣もさることながら、苦手としていた左投手を攻略したことが、とどまることなく進化する今年のチームを象徴している。森監督は「左投手をしっかりと打ち返せた」と勝因を挙げ、満足そうにうなずいた。

 「とにかく外一点張りで、真っすぐと逃げていく変化球を狙っていた」(主将の蛭間)と徹底してきた打撃で主導権を握った。三回に2点を先制した中前と矢野の連続適時打は、ともに直球をセンター方向へはじき返す狙い通りの打撃。右投手に変われば、それも普段通りに打つ。練習通りの力を発揮した2桁安打だ。

 「どこよりも練習してきたし、走ってきた」と蛭間。どこにも負けない豊富な練習量が自信の源になっている。

気合の先制打 流れ呼び込む 切り込み隊長・1番中前

 浦和学院の切り込み隊長が流れを呼び込んだ。

 三回裏、1死一塁で中前が「1番を打たせてもらっている。チームを勢いづけたかった」と外角直球を振り抜き、左中間へ先制の適時三塁打。ベースに頭から滑り込み雄たけびを上げた。

 前日の練習で「体の軸がぶれていた。バランスを確認してもらった」と森監督から個別指導を受けた。「意識して修正できた」と練習の成果を示した。不動の2年生リードオフマンが甲子園の地で躍動する。

配球見抜いて追加点を奪取 チームの元気印・2番矢野

 チームの“元気印”が乗っている。先制した三回1死三塁で2番矢野が「カウント球は真っすぐ」とバッテリーの配球を見抜き、中前適時打で追加点を奪った。守備でも七回、先頭打者の三遊間を抜けそうな打球を好捕し、ピンチの芽を摘んだ。

 「声で引っ張るのがモットー」と練習から人一倍大きな声でチームを鼓舞する。1年からレギュラーで経験豊富な欠かせない存在だ。この試合も2安打3打点。躍動する背番号5がチームを32年ぶりの4強へ導く。

ここからは未体験 浦和学院・森監督

 「渡邉は危なげない投球だった。ここから先は未体験ゾーン。全精力を込めて頑張る」

平常心でできれば 浦和学院・蛭間主将

 「平常心で自分たちの野球ができた。今日みたいにやれば負けないと思う」

無駄球少なかった 浦和学院・畑捕手

 (好リード)「無駄なボール球が少なく、テンポよく打たせてとっていた。内角のツーシームが決まっていた」

赤いスタンド歓喜 浦和学院8強

演奏で選手を後押しする浦和学院吹奏楽部

 第100回全国高校野球選手権記念大会第12日は16日、兵庫県西宮市の甲子園球場で3回戦4試合を行い、南埼玉代表の浦和学院が第2試合で二松学舎大付(東東京)に6-0で完勝した。初出場でベスト4まで進んだ第68回大会以来、32年ぶりのベスト8進出に、真っ赤に染まった三塁側のアルプススタンドは歓喜に沸いた。

 「浦学サンバ」「浦学マーチ」が三塁側の応援席で鳴り響いた。吹奏楽部の指揮を務めるのは「甲子園で演奏したくて浦和学院に入った」という応援リーダーの大内里菜さん(16)。「私たちは応援しかできないので、声と音量で気持ちを乗せて届けたい」と、突然降り始めた雨にも負けない演奏で選手たちを鼓舞した。

 応援を背にナインは、三回に中前祐也、矢野壱晟選手の連続適時打で2点を先行。五回には矢野選手の中前適時打など3点を追加した。六回にも矢野選手の中犠飛で6点目を奪った。得点の度に「得点歌」を演奏することができた大内さんは「応援が届いた」とうれしそうに話した。

32年前のOBもエール

応援に懸け付けた浦和学院OBの伊藤弘之さん

 32年前のメンバーで会社員の伊藤弘之さん(50)は大阪に転勤したこともあり、今夏は12日の仙台育英戦から久しぶりに甲子園で母校を応援している。

 初出場した甲子園では、体調を崩していた元監督の野本喜一郎さんが開会式の当日に亡くなる不運な出来事に見舞われながらも、快進撃を見せた。伊藤さんは「のびのびと自由にやらせてもらい、無欲だった。それが良かったのかもしれない」と振り返り、「あの時とは違うが、気持ちを楽にやってくれれば結果はおのずとついてくる」とエールを送る。

 仕事の都合と5年ぶりの母校の甲子園出場が重なる不思議な縁を感じる伊藤さんは「ベスト4とは言わず、埼玉勢連覇を狙って頑張ってほしい」と先輩越えを期待した。

(埼玉新聞)

「1点もやらない」初完投 渡邉勇太朗投手

 「1点もやらない」

 渡邉勇太朗投手(3年)の気迫が、ピンチを迎えるたびに増す。

 一回、四回、得点圏に進塁を許しても、得意の直球とスライダーで、必ず連続三振や内野ゴロで後続をうち取る。地方大会でのチーム打率4割超を誇る相手を5安打に抑えて完封勝ち。相手監督に「完敗だった。力負けした」と言わしめた。

 190センチの長身から最速149キロの直球を投げ下ろす。就任28年目の森士(おさむ)監督が「歴代の右投手でナンバーワン」と称するが、昨秋に肩、今春にひじを痛め、新チームでは試合出場の機会を逃してきた。

 夏に向けて本格的に投げ始めることができたのは、5月上旬ごろだった。

 「甲子園に照準を合わせてきた」という渡邉君。大舞台につないでくれたのは、仲間たちだった。南埼玉大会では、渡邉君を含む5投手の継投で勝ち上がった。「競争してきた仲間たち。頼りがいがある」

 練習試合を含め、渡邉君に高校生活で完投した経験はない。この日、五回のグラウンド整備時に完封を意識した。何としても投げきりたい、と思った。

 「相手の左打者に打順が回った時点で、交代させるぞ」

 七回終了後、疲労を心配した森監督から告げられた。次の左打者までに6人。気持ちを込めて八、九回といずれも三者凡退に抑え、109球を完投した。

 甲子園入りしてからも進化を遂げている。6月末に持ち球に加えたばかりのツーシームで、この日もファウルや内野ゴロを頻繁に奪った。試合後には、終盤の甘い球を減らすことを課題に挙げ、球速を150キロ台にのせることにも意欲を隠さなかった。「今日の自分の姿が、チームにもいい影響になるはず。この舞台でまだまだ高め合っていきます」

母の誕生日祝う甲子園初安打 後藤陸人選手

 朝、球場入りする際、6番打者の後藤陸人選手(2年)は、実家のある愛媛県から駆けつけた母清加さんとすれ違った。手を振ってくる姿をみながら、「今日こそ結果を出そう」と心に決めた。

 初戦があった12日は清加さんの誕生日。「誕生日に1本を」と意気込んだが、チームで投手以外全員が安打を放つなかで、後藤君だけがそれに続けなかった。

 南埼玉大会は打率4割超、甲子園でも焦りは感じていなかったが、これで「負けていられない」と闘争心に火がついた。

 この日、二回の1打席目は右飛だったが「とらえた」という感触があった。四回、盗塁失敗で2死になった場面の2打席目、「流れを作り直す」と変化球を打ち返し、甲子園初安打を右中間に運んだ。

 ようやく出た安打に、後藤君は「安心した。母にもプレゼントできた。気持ちは届いていると思う」とはにかんだ。そしてすぐ、「投手のレベルも上がる。次も好機を作れるように打ちたい」と気合を入れ直していた。

32年前の夏思い起こしながら 初出場4強メンバーら応援

旧ユニホームをもとに作ったタオルを手に、応援する吉田光昭さん(中央)らOB

 浦和学院のスタンドでは1986年の第68回大会で初出場にして4強に勝ち進んだ野球部のOBが試合を見守った。

 吉田光昭さん(50)は32年前、試合には出られなかったが、ユニホーム姿でスタンドから応援した。この日手にしていたのは、OB会オリジナルのタオル。現在のストライプ柄になる前の、クリーム色の旧ユニホームがモチーフだ。「強い浦学といえばこのユニホームをイメージする人が多く、愛着がある」。現在は同校OBの野球チームで、「マスターズ甲子園」への出場を目指す。「試合ごとに強くなっていく姿に励まされます」

 伊藤弘之さん(50)はレフトで出場した。今は電機メーカーで営業をしている。「本当に自分が甲子園に出たのかなと不思議な感じがする。プレッシャーに負けず、楽しくプレーしてほしいですね」と話した。

(朝日新聞埼玉版)

光る冷静な判断 畑敦巳捕手

 一回表無死一、二塁。四球などで先発・渡辺が塁上に走者をためると、ためらわずにマウンドへ駆け寄った。力んでいるように見えた。「慌てる必要はない。楽に」。両肩を大きく回しながら話しかけた。立ち上がりが課題と分かっていた。

 5年前の夏の甲子園で、浦和学院が接戦の末仙台育英にサヨナラ負けした試合を見た。「かっこいい」と思い、門をたたいた。練習を重ね、2年生で正捕手の座を勝ち取った。

 昨秋の新チーム発足以降、渡辺の球を受け続けてきた。最初の頃は出したサインに首を振られた。2人でビデオを見ながら対戦チームを分析するうちにコミュニケーションが取れ信頼感が生まれた。

 四回無死二、三塁。訪れたピンチに「ギア、上げましょう」と声を掛けた。ピンチで渡辺の球速が上がることを知っていた。この回を無得点で切り抜け、狙い通りになった。

 南埼玉大会直前に腰を疲労骨折し、痛み止めを飲みながらマスクをかぶる。体は万全ではないが、次戦はベスト4進出が懸かる。「普段通りの力を出したい」。冷静に、一戦必勝を誓う。

真っ赤に燃え応援

 野球部に加え、生徒会と吹奏楽部、ソングリーダー(チアリーダー)部で構成される「浦学ファイヤーレッズ」の約280人がスタンドを真っ赤に染めた。「頑張る仲間をみんなで応援」という学校の合言葉の下、2011年度からいろいろな部活動の応援に駆けつけている。一般生徒の指揮をとる生徒会長の豊広徳輝さん(3年)は「応援隊も最後の最後まで応援するので、選手たちも頑張って」と赤いメガホンを振った。

(毎日新聞埼玉版)

ライバルコンビ切磋琢磨 坪井壮地選手、小町竜梧選手

守備に就く坪井選手(左)と7回裏2死、左飛に倒れる小町選手

 「頼むぞ」。六回表、ベンチに退いた坪井壮地選手(三年)からこう声をかけられ、代わって一塁の守備についた小町竜梧選手(同)。九回表、二松学舎大付の最後の打者が二ゴロを打つと、ウイニングボールをきっちりミットにおさめ、ベスト8進出を決めた。

 入学当時からよきライバルの二人。小町選手が坪井選手を「誰よりも練習し、全力で振る気持ちはチーム一」とたたえれば、坪井選手も「まっすぐを飛ばす力はすごい」と認め合い、切磋琢磨(せっさたくま)してきた。

 打撃コーチの森大さん(27)は、「二人とも謙虚で努力家。控えめで、誰より自主練習をするところもそっくり」と話す。

 南埼玉大会では、背番号「3」をつけた小町選手だったが、「結果を出さなきゃ」と焦る気持ちが空回りした。一方で、背番号「13」の坪井選手は7打数3安打を記録。二人の背番号は甲子園で入れ替わった。

 「坪井が寝てる間に練習しないと、試合には出られない」。甲子園出場が決まった直後から、苦手な左投手対策の特訓が始まった。左投げのチームメートに球出しを頼み、毎朝五時からバットを振った。

 迎えた甲子園の初戦、先発出場した小町選手は、焦る気持ちを抑え、粘って2安打の活躍を見せた。坪井選手も代打で起用され、負けじと安打を放った。

 二松学舎大付戦では、ともに無安打と悔しさも残した2人だが、次の対戦は楽しみにしていた春の覇者。「どっちが呼ばれてもいいように万全な準備をします」と口をそろえた。

(東京新聞埼玉版)

渡邉、大谷そっくりフォームで10K完封

 雨にぬれても完封への熱意は冷めなかった。浦和学院(南埼玉)・渡辺は9回2死、二松学舎大付(東東京)の代打堀川を、自信の144キロで二ゴロとし109球で完封。打者のバットを拾い、手渡す心配りも見せた。「気持ちよかったです。誰もが夢見る甲子園で完封できて、うれしい」。6-0で32年ぶりの8強入りを決め、顔をほころばせた。

 マウンドは譲りたくなかった。7回終了後、森士(おさむ)監督(54)から継投を打診されたが「いかせてください」と直訴した。指揮官は「(6番の)左打者に回ったら9回2死でも代える」と通告。8回以降はギアを上げて3者凡退とし、完封。それでも「わがままを聞いていただきました。今日は90点。抜けるスライダーがあったので、修正したい」と反省した。

 天性の投手だ。今夏県大会前、「直球だけでは勝てない。小さく動く変化球がほしい」と決意。ブルペンに入り、投げた初球。微妙な変化をする見事なツーシームが決まった。わずか1日で習得。投球の幅が広がった。中学時代からケガに悩まされ、2年秋に右肩を負傷。憧れのエンゼルス大谷の投球フォームを研究した。体重移動など、下半身の使い方を重点的に動画でチェック。軸足にしっかり体重をかけ、長身で柔らかく腕を振り下ろす姿から、投球後の動作までそっくりに仕上がり「しっくりきた」。OBの木塚敦志(元DeNA)、三浦貴(元巨人)、大竹寛(巨人)らを指導してきた27年目の監督から「右ではナンバーワン。ポテンシャルは渡辺が一番上」と期待される逸材だ。

 甲子園初戦は4人の継投で勝ち、3回戦では完封と8強で唯一無失点を誇る。最強投手陣の軸になる背番号11は「浦和学院の歴史を、塗り替えられるように頑張りたい」と頂点を見据えた。

渡邉、32年ぶり埼玉県勢2桁奪三振完封

 浦和学院・渡邉が2桁奪三振で完封勝ち。埼玉県勢の2桁奪三振完封は、上武大・谷口英規監督(49=旧名英功)が浦和学院2年の86年、2回戦の宇都宮工戦で11奪三振、スコア4-0でマークして以来、春夏を通じて32年ぶり2人目。浦和学院の8強入りもこの年の4強以来。埼玉県の学校が2試合連続完封勝ちは、60年大宮以来になる。

 渡邉は身長190センチ。190センチ以上の大型投手が完封したのは80年以降4人目。86年夏の川辺忠義(秋田工=192センチ)が日南戦、ダルビッシュ有(東北=195センチ)が03、04年に計4試合、12年夏の藤浪晋太郎(大阪桐蔭=197センチ)が準決勝の明徳義塾戦、決勝の光星学院戦で記録している。

(日刊スポーツ)

渡邉、10K初完封 準々決勝で大阪桐蔭も斬る

 第100回全国高校野球選手権大会は16日、3回戦が行われ、浦和学院(南埼玉)は二松学舎大付(東東京)戦で右腕・渡辺勇太朗投手(3年)が5安打1四球10三振で完封。6-0で勝ち、4強入りした1986年以来32年ぶりに8強入りした。渡辺は聖地で自己最速タイの149キロをマークするなど高校初完投を完封で飾った。また、準々決勝(18日)の第1、第2試合の組み合わせが決まり、大阪桐蔭(北大阪)-浦和学院、報徳学園(東兵庫)-済美(愛媛)となった。

 ゆったりしたフォームからズバッと投げ込んだ。10奪三振で高校初の完封勝利を成し遂げ、渡辺が両手を挙げて喜びを表した。

 「完封は先発投手が夢みるもの。中学生の頃(甲子園での完封を)夢みて、きょう投げ切れてうれしかった。一回と四回にピンチが来たけど燃えて力が入った。“気持ちは冷静にリリースで力を”という感じで。真っすぐとツーシームがよかった」

 一回一死二、三塁から4番、5番を連続三振。連打で無死二、三塁を背負った四回は5番を135キロのスライダー、6番を自己最速タイの149キロの直球で連続空振り三振。激しい雨が降ったり、やんだりの天候も関係なかった。

 これまでの最長は8回で、七回を投げ終わったときに森士(もり・おさむ)監督(54)に「どうしてもいかせてほしい」と直訴。「九回は左打者に回ったら交代」と条件付きで承諾され、左打者に回すことなく八回、九回を3人ずつで終わらせた。

 今年3月に右肘靱帯(じんたい)を損傷。リハビリを経て5月上旬に練習を再開した。南埼玉大会の準決勝、決勝で先発し、甲子園でも初戦(2回戦、仙台育英)を6回3安打無失点。今大会は15イニング連続無失点と急成長を見せる。

 1メートル90、90キロと恵まれた体格で背番号「11」を付けた姿を見た元巨人の三浦貴コーチから、「大谷(エンゼルス)のようになれ」とハッパをかけられ、映像を見たり、自己流で“大谷流”のツーシームをマスターして結果につなげている。

 渡辺の原点は、この日もアルプス席で応援した父・信次さん(50)=造園業=の教えにある。信次さんは、埼玉県羽生市に約300坪の畑を所有、管理している。信次さんが木登り用に植えたブナやカシにまたがり、夢中で登っていくうちに、自然と腕力がついた。2人の兄と一緒にキャッチボールを始めたが、広い敷地で他人に投球が当たる心配もなく、暴投を恐れず常に全力投球した。ティー打撃用ネットも張られ、春日部工野球部で捕手の経験を持つ父も加わり打撃練習の日々。羽生東中野球部時代は県大会出場と、着実に成長していった。

 「球速が全てではないが、やっぱりロマン。夏が終わるまでに155キロを出したい」

 32年ぶりの8強入りに貢献した渡辺は、次を見据えた。18日の準々決勝の相手は優勝候補の大阪桐蔭。言葉どおり、全力投球をみせる。

大谷マネてレベルUP

 渡辺は昨秋、身体特性を4タイプに分けて分析する「4スタンス理論」(提唱者・廣戸聡一氏)の指導を受けた。大谷(エンゼルス)と同タイプであることを知ると、すぐに模倣に着手した。寮の共用のパソコンで脚の上げ方や体重移動を記憶。本家そっくりのフォームをつくり上げ、球速と制球が向上した。

渡邉勇太朗(わたなべ・ゆうたろう)

 2000(平成12)年9月21日生まれ、17歳。埼玉県出身。小1から軟式野球を始め、羽生東中時代に関東大会出場。浦和学院では1年秋からベンチ入り。最速149キロ。1メートル90、90キロ。右投げ右打ち。家族は両親と兄2人。

(サンスポ)

「サンキュー野球会」昭和39年同期は苦労も共に

 6点を追う9回表の攻撃前、二松学舎大付(東東京)市原勝人監督(53)は選手たちを一塁側ベンチ前に座らせた。直前の守備から、内野手は全員3年生に代えた。先発メンバー中、下級生6人の若いチーム。間をつくり、選手たちに語り掛けた。「『あきらめないことが大切。3年生が1つになってやってきたチーム。このまま終わるな』と。言葉の魔法にかかってくれないかと思ったんですけどね」。

 願いは届かず、10三振の完封負けだった。整列に向かう選手の奥、三塁側ベンチ前には浦和学院(南埼玉)森士監督(54)が立っていた。2人は64年(昭39)度生まれの同学年で、野球界の同期が集まる「39(サンキュー)野球会」のメンバー。6月には練習試合で戦った。甲子園初対戦に、森監督は「この舞台で戦えるのも不思議な縁を感じる」とかみしめた。

 15年以上前から年に1度、年末に横浜市内に集まるのが恒例になった。前橋育英(群馬)の荒井監督や横浜隼人(神奈川)の水谷監督ら、50人以上が親交を深める。近年の高校野球界は5歳下の「昭和44年会」(大阪桐蔭・西谷監督、花咲徳栄・岩井監督、東海大相模・門馬監督ら)が、昨春のセンバツから“3季連続優勝”と好成績を残している。

 「39野球会」は、13年春に浦和学院、夏に前橋育英が優勝し“春夏連覇”を達成。市原監督は「2人が優勝したので、みんな刺激をもらいました。最近は44年のグループが結果を出しているので、僕ら年寄りはもうって感じですけど」と冗談めかす。初戦で広陵(広島)を破った直後は、試合を控えていた森監督とベンチ裏ですれ違った。「強いね」と声を掛けられ、握手を交わした。「森監督も何年か苦しんでましたから」と、同期ならではの苦労話も耳にしてきた。

 森監督にとっては5年ぶりの甲子園だった。昨夏はライバル花咲徳栄が、埼玉県勢初の日本一に輝いた。昨年の甲子園決勝は、部員全員と学校の食堂で見つめた。「はぐらかしては前に進めません。勇姿を見届けて、乗り越えないと僕たちに先はない。乗り越える努力をしないと2度と勝てない」と受け止めた。「衝撃的につらかったですが、苦しさを乗り越えてこそ喜びがある。選手も苦しかったと思います。私も最初は受け止めきれなかった。必死に受け止めようとする選手を見て、勇気づけられた」と、強いチームになって甲子園に帰ってきた。

 二松学舎大付は、5安打で完敗した。普段は冷静な市原監督は「選手はよく頑張ったと思いますが、個人的には悔しい。甲子園に出てほっとしているところがあった。ここで勝ちたい」と語気を強めた。なぜか。「同級生に負けたからです。頑張ってもらいたいし、強いチームでしたけど、悔しい。また刺激をもらいました」。転んでも立ち上がって、また帰ってくる。浦和学院は、そんな思いも背負って大阪桐蔭に立ち向かう。

(日刊スポーツ)

渡邉、10K5安打高校初完封「ワガママを聞いていただきました」

 遅れてきた逸材が、硬軟自在の快投を見せた。浦和学院(南埼玉)は、今秋ドラフト候補ながら右肘痛の影響などで背番号11の190センチ右腕・渡辺勇太朗(3年)が、5安打10奪三振で高校初完投初完封。自己最速タイの149キロを計測した直球と、6月に覚えたばかりのツーシームを駆使し、二松学舎大付(東東京)打線を圧倒。初出場で4強入りした86年以来、32年ぶりとなる8強入りを決めた。準々決勝では、史上初の2度目の春夏連覇を狙うV候補筆頭・大阪桐蔭(北大阪)と激突する。

 初めて見る景色は格別だった。最後の打者を二ゴロで打ち取ると、渡辺はグラブを軽くたたき、駆け寄るナインと歓喜を分かち合った。「先発なら誰もが夢見るもの。それを甲子園でできたのは、すごくうれしい。気持ち良かった」。エンゼルス・大谷の投球フォームを参考にしている190センチ、90キロの未完の大器は、練習試合を含めても高校初となる完投を、5安打10奪三振の完封勝利で飾った。

 109球の省エネ投球。剛腕は、クレバーな投球術を習得していた。この日、投球の軸にしたのは、6月末にたった1日で覚えたツーシーム。「打たせて取ることをテーマにしていた」。一時的な大雨に見舞われる悪天候の中、140キロ台の新球で凡打を量産。一方で「欲しい場面では狙いにいこうと」と、初回と2点を先制した直後の4回のピンチでは、自己最速に並ぶ149キロの直球などで、いずれも連続三振に斬った。

 完投を直訴していた。7回を終えてベンチに戻ると、森士(おさむ)監督(54)に、こう伝えられた。「左バッターに回ったら代える。9回2死でも代える」。残り2イニングで走者を1人でも出せば、左打ちの6番・野村昇大郎まで回る。「きょうは(完投を)いけると思ったので『いかせてください』と言った。ワガママを聞いていただきました」。3三振を奪い、完璧に試合を締めた。これで2試合15イニング0封。チームも2戦で15得点、無失点と投打に圧倒し、32年ぶりの8強入りを決めた。

 こだわりのルーチンも奏功した。好投した日に着用していたアンダーシャツとスライディングパンツを、続けて身に着けている。「すごいこだわります。次の日の着替えを置く場所も、着替える順番も。前日には、枕元に置いて寝ています。ちゃんと洗っているので、臭くはないですよ」とちゃめっ気たっぷりに笑った。

 背番号11の剛腕。昨秋は右肩を痛め、今年3月には右肘じん帯を損傷し、5月までノースロー。一度もエースナンバーを背負うことなく、最後の夏に照準を合わせてきた。「投げられない間に、連投に備えて(走り込みなどで)準備してきた」。2ケタ背番号投手が2ケタ奪三振完封を記録するのは、くしくも86年の浦和学院の背番号11・谷口英功(現英規=上武大監督)以来、32年ぶりとなった。

 18日の準々決勝は西の横綱・大阪桐蔭と激突。根尾昂内野手、藤原恭大外野手(ともに3年)らドラフト1位候補を封じれば、注目度が急上昇することは確実だ。「チームが勝てる投球がしたい」と渡辺。大化けの予感を漂わせる右腕が、王者斬りに挑む。

(スポーツ報知)

試合結果

 3回戦 8月16日(甲子園)
TEAM 1 2 3 4 5 6 7 8 9 H E
二松学舎大付 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5 2
浦和学院 0 0 2 0 3 1 0 0 x 6 10 1
【浦】 渡邉-畑
【二】 海老原、岸川、大庭-山田
中前(浦)
後藤、渡邉、蛭間、中前(浦)保川(二)
 浦和学院打撃成績
位置 選手名 打数 安打 打点
中前 4 2 1
矢野 4 2 3
蛭間 3 1 0
上野 3 0 0
佐野 3 1 0
後藤 4 1 0
坪井 2 0 0
3 小町 1 0 0
4 2 0
渡邉 2 1 0
30 10 4
 二松学舎大付打撃成績
位置 選手名 打数 安打 打点
右田 4 0 0
揚野 3 0 0
6 市原 0 0 0
平間 3 2 0
保川 4 1 0
畠山 3 0 0
H 堀川 1 0 0
野村 3 1 0
有馬 3 1 0
4 大沼 0 0 0
山田 3 0 0
海老原 1 0 0
H 中沢 1 0 0
1 岸川 1 0 0
1 大庭 0 0 0
30 5 0
 投手成績
TEAM 選手名 被安打 奪三振 四死球 失点 自責点
浦和学院 渡邉 9 5 10 1 0 0
二松学舎 海老原 4 5 1 2 2 2
岸川 3 1/3 5 3 3 4 2
大庭 0 2/3 0 0 0 0 0
TEAM 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 併殺 残塁
浦和学院 4 5 3 0 1 2 8
二松学舎 10 1 1 0 2 1 5

 浦和学院の先発渡邉が被安打5、10奪三振で完封。低めの変化球で打たせて取り、走者を出してからは力のある直球で要所を締めた。

 2試合連続の2桁安打となる10安打6得点した打線は三回1死一塁から中前、矢野の連続適時打で2点を先制。五回1死三塁で矢野が適時打を放ち、さらに2死満塁から敵失で2点を加えた。六回は矢野が中犠飛でダメ押しの6点目を奪った。

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